芋を洗うサル、クジラ 方言や習性受け継ぐ動物の文化
クジラやイルカには、独自の方言や習性をもつ集団が存在する。彼らは、人間のように文化をもっているのか――。ナショナル ジオグラフィック5月号では、私たちが知らないクジラの世界に迫っている。
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人間はうぬぼれが強い動物だ。長い歴史を通じて、人間は自分たちの行動を基準にして動物を見たり、その一方で自分たちはほかの動物とは異質な存在だと考えたりしてきた。特にクジラに対してはそうだ。クジラをほとんど人間扱いするか、人間とはまったく違うと決めつけるか、両極端の見方をする。もちろん、どちらも完全に正しいとは言えない。
クジラは私たちが知らない世界に住んでいる。海の生き物は浮上したり潜水したりと垂直移動をする。光がほとんど届かない深海では、視力はあまり役に立たない。仲間を見つけて交流するにも、音だけが頼りだ。
しかし、海の中で起きている知られざるドラマが明らかになるにつれ、クジラは予想以上に私たちに似ていることがわかってきた。クジラの仲間づくりや複雑なコミュニケーション、子育ての仕方は、不思議なほど身近に感じられる。
死を悼んでいるかのような行動まで目撃されている。2018年、バンクーバー島付近の海域で、研究者たちが「タレクア」と名づけた南の定住型シャチの雌が、出生後すぐに死んだわが子を口先で押しながら、17日間も泳ぐ姿が観察された。
米ワシントン州で海洋生物の保護活動を統括しているジョー・ゲイドス氏は「科学者たちは長年、動物の行動を描写する際、幸せ、悲しい、遊び好き、怒っているといった感情表現を使わないよう厳しく自制してきた」と書いている。しかし、ゲイドス氏も含めて多くのクジラ研究者が、タレクアはわが子の死を悲しんでそんな行動をしたと考えている。
ワシントン州の私の家から6キロほど離れたピュージェット湾では、1年のある一時期に、南の定住型シャチの3つの小さな群れが、ぴったりと隊列を組んで泳ぎ回る姿が見られる。この見事なチームワークの秘密は何だろう。
クジラ類が同年代や年長の仲間から多くの行動を学ぶことは、ずっと以前から知られていた。生物の体の形態や機能は遺伝子で決まるし、生存に不可欠な特徴や行動もDNAに書き込まれているが、仲間から習得する「社会的学習」のノウハウもある。動物は学習に必要な神経回路網が形成されると、仲間の行動を模倣し、新しい知識や技術を学べるようになる。一般的に、さまざまな行動が社会的に学習され、広く共有され、長く持続することで、文化が生まれると考えられている。
1つの群れの中で学習された行動がいくつも伝えられていくと、その群れは同じ種のほかの群れとは明らかに異なる習性をもつようになる。球技にたとえれば、ボールを投げる能力は遺伝的なものだが、カーブを投げるには社会的学習が必要だ。そして、野球をすること自体が文化に当たる。
ただ、ここで文化と知能レベルの高さを安易に結びつけてはいけない。知能の高さを文化形成の要件とする見方には、科学者の間でも異論がある。動物の社会的学習は、私たちが「賢い」動物と見なすクジラや霊長類、カラスやゾウに限らず広く見られる。
とはいえ、高い知能には明らかに利点がある。クジラやイルカの学習能力の高さは、早くから私たちを魅了してきた。シャチやベルーガ(シロイルカ)、ハンドウイルカは何十年も前から海洋テーマパークに送り込まれ、巨大プールで歌やジャンプを披露して拍手喝采を浴びてきた。だが飼育下で調教し、曲芸をさせたところで、彼らの能力の上っ面を引っかいた程度にすぎない。
1972年にハンドウイルカの研究者が、「ドリー」と名づけた幼いイルカが泳いでいる水槽の前で、休憩時間にたばこの煙を吐き出した。するとドリーは「驚いたことにすぐに母イルカのところに泳いでいき、戻ってくると、口いっぱいに含んだ母乳をたばこの煙そっくりに頭上に噴き出してみせた」と当時の記録は伝えている。
社会的動物では、後天的に得た知恵が多くの仲間に広く伝えられる。クジラ類では、文化に対応するために、知能が進化したように見えるケースもある。文化が生まれるためには、ある個体が新しい方法を見つけ、その方法が仲間に共有されなければならない。
1980年には北米東部の大西洋に臨むメーン湾で、1頭のザトウクジラが新しい方法で狩りをする様子が観察された。ザトウクジラはイカナゴの群れの周りに気泡を噴き出し、魚たちを混乱させて一網打尽にするが、このクジラは泡を出す前に、尾びれで海面をたたいていた。この海面たたきは新趣向だ。何の役に立つかは不明だが、2013年までにこのやり方をまねるクジラが少なくとも278頭確認されている。
長年、人間以外の動物には、新しい行動を広範囲に代々伝えていく能力がないと思われていた。そんな見方を変えるきっかけとなったのは、ニホンザルの行動だ。1953年、宮崎県南部の幸島で、若いニホンザルが餌として与えられたサツマイモを小川で洗う姿が観察された。それまでこの島の野生のサルたちはイモに付いた泥を手で拭い落とすだけだったが、程なく何十頭ものサルがイモを洗う行動を見せるようになった。
その後1999年に英国スコットランドのセントアンドルーズ大学の認知科学者アンドルー・ホワイテン氏が、ジェーン・グドールら霊長類の専門家と共同で画期的な論文を発表した。彼らは、グルーミング(毛づくろい)や木の実を石でたたいて割る、小枝でアリ塚をつついてアリを釣るといった、チンパンジーが代々受け継いでいる行動は、集団によって異なることを発見したのだ。「チンパンジーを長期間観察し、こうした行動を見ていれば、そのチンパンジーの出自がだいたいわかります」とホワイテン氏は私に話した。人々の行動様式を見れば、どの文化圏の出身者か見当がつくのと同じだ。
これには異論もある。遺伝子と環境の違いが行動の違いを生む可能性もある、というのだ。観察されたチンパンジーはいくつかの亜種に分かれていた。生息環境も西アフリカのギニア沿岸部から、4500キロも離れた内陸部のウガンダまで多岐にわたり、生息環境の違いが行動の違いを生むという見方もある。
そうした批判を受けながらも、人間中心の見方にとらわれず、野生生物の行動と集団の文化を探る新しい研究手法は確立されていった。
(文 クレイグ・ウェルチ、写真 ブライアン・スケリー、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2021年5月号の記事を再構成]
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