日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/4/27
大人のストレス性の不眠の多くが一過性であるのに対して、特発性不眠症は幼少期に出現して以降、長年にわたり持続する(イラスト:三島由美子)

特発性不眠症の有病率に関するしっかりした調査データはほとんどない。幼い子は不眠症状をうまく認識できず、親も気付いていないことが多いため、病院に相談に来るケースはごくまれだからである。思春期の青少年を対象にした不眠症の調査では、特発性不眠症が疑われたのは1%弱であったという。ただし、特発性不眠症の診断には、その他の睡眠障害をすべて除外する必要があり、大規模調査を行うのは技術的に大変難しい。そのため現在でもその罹患(りかん)実態は完全には明らかになっていない。

子供の不眠症もあることを知ってほしい

成人の慢性不眠症は生活習慣病やうつ病、認知症などとの関連が明らかにされているが、特発性不眠症の子供が中長期的にどのような予後を向かえるのか全くといってよいほど情報がない。ただし、幾つかの調査研究によれば、メンタルヘルスへの影響は注意深く見ていく必要がありそうだ。

例えば、米ジョンズ・ホプキンス大学の医学生1053人を34年間にわたり追跡した研究によれば、学生時代に不眠があった者のうち観察期間中に101人(9.6%)がうつ病に罹患し、13人が自殺したという。うつ病の罹患率は不眠がない者の2倍であった。この調査で不眠を呈していた医学生が特発性不眠症であったか不明だが、若い頃から不眠に悩む人は成人後にメンタルヘルスが悪化しやすいことを示唆している。

不眠自体がメンタルヘルスを悪化させるのか、不眠やうつ病を引き起こす何らかの問題が幼少時から存在しているのか、現時点では不明である。私自身は不眠やうつ病に共通して認められる「生理的過覚醒」が一つの鍵だと考えている。

生理的過覚醒とはささいなストレスでもストレスホルモン(副腎皮質ホルモン)が増加しやすい、交感神経が緊張しやすいといった過剰な生体警告反応(ストレスに対する身構え反応)が生じる状態をさす。特発性不眠症の子供では、幼少時から生理的過覚醒が作動しやすい体質を抱えているのではないかと推測している。

病因も不明、特効的な治療法もない特発性不眠症だが、周囲が早くその存在に気付き、心理面、環境面でサポートすることで症状を緩和し、将来的な健康リスクを低減することができるかもしれない。子供がかかる不眠症もあることを知っていただきたい。

三島和夫
 秋田県生まれ。医学博士。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2021年2月12日付の記事を再構成]