「平成の三四郎」の仲間と対戦 高校柔道、15秒の永遠立川談笑

恒例の「立川談笑一門会」でトリをつとめる談笑師匠(2020年6月、東京都武蔵野市)
恒例の「立川談笑一門会」でトリをつとめる談笑師匠(2020年6月、東京都武蔵野市)

「平成の三四郎」と呼ばれた柔道の金メダリスト、古賀稔彦さんが他界されました。心よりお悔やみ申し上げます。53歳とはあまりにも若い。私より2つも年若なのに。病とはなんと非情なものか。

今を去ること三十数年前。高校生だった私は柔道部に所属していました。柔道の世界では山下泰裕選手が現役で大活躍されていた時代です。私のいた海城学園と古賀さんの世田谷学園とは同じ地区ブロックで、古賀さんとはぎりぎり世代が重なっています。世界に通用する若きトップアスリートたちを間近に見ることができたのは貴重な体験でした。そのあたりの思い出話から始めてみます。

「するっ」と投げる世田谷学園

世田谷学園柔道部の印象としては、総じて小柄でとにかく技が切れる。切れるったらない。組んだ瞬間にスパッと投げる。感覚としては「するっ」と投げる感じ。スムーズで抵抗なく。その呼吸の中にあらゆるものが飲み込まれるような。宇宙と一体化するというとあまりに大げさだけど、本当にそう。たとえば背負い投げひとつでも「ああ、実はこういう技だったのね!」とこちらの基準が更新されるくらい。

特に私たちが出るような地区大会の予選では力の差が際立ちます。さして強くもない高校があたったが最後、対戦相手が世田谷学園と分かった段階で「うひゃー」みたいな。「だめだこりゃー」みたいな。いざ試合になると、団体戦で5人が次々とみごとに投げられて、みんな笑って戻ってくる。笑ってしまうんですな。照れ笑いではなくて。例えるなら、手品とはわかっていても、あまりの鮮やかさで物理理論を超えた異世界を見せつけられたような。とにかく技が切れっ切れでした。

柔道のレベルこそ雲泥の差ほど違うけれども、そこは同じ高校生です。心安く話をする間柄になる選手もいました。ウチの高校が昇段審査の会場になったときのこと。ブロック内の高校からみんなが集まってくる。受付係をしていると世田谷学園の部員たちもやってきて、書き込む受付票を見ると全員住所が同じ。「〃」、上の人と一緒です。「〃」、上と一緒です。

「おい、手抜きしないで正直に書けよ」

「いや、おれたち寮に住んでるからさ」

と言われて気が付いた。うわ。こいつら、マジなんだ。聞いてみると、多くは九州を主に全国から柔道のために親元を離れて来ているのだと。そもそも講道学舎という柔道の私塾があって、全寮制のそこの子どもたちがそろって籍を置くから、地元の区立弦巻中学校と世田谷学園高校が全国レベルの強豪校なのだということです。もちろん当時の話。

朝は暗いうちから稽古をする。ドーン!ドーン!と太鼓の音でたたき起こされるんだって。「わはは。江戸時代の修行僧か」って言ったらそいつは恥ずかしそうに笑ってたっけ。

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海城学園時代、地区予選で
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