「肝油海参(ガンヨウハイシェン)」。ナマコと豚レバーの煮込み。通常のメニューにはないが、「老四川 飄香 麻布十番本店」の一部のコースに組み入れることができる(写真提供:老四川 飄香)

井桁シェフが松雲門派に魅了されたのは、同流派の店で食事をした際、それまで本でしか見たことがなかった料理が出てきたのがきっかけ。「最初に感銘を受けたのは、ナマコと豚のレバーを合わせ、豚のキクアブラ(小腸の周りの脂)と一緒に何時間もかけゆっくり炊いた料理でした。レバーはちょっと口に入れただけで、ほどけてなくなるようでしたね」。

早速、弟子入りしたいと何度も手紙を書くなどしてアプローチ。しかし、日本では四川の名料理人として知られていた井桁シェフも弟子入りはすんなりとはいかず、断られ続けた。それでもあきらめず、これは直接談判だと、現地でアパートを借り、同流派の店を食べ歩いたという。

伝統四川料理の「雪花鶏卓(シュエファージィーナオ)」(卓にはさんずいが付く)。地鶏の胸肉をペースト状にして、澄ましスープと卵白を加え雪の花のようにふわふわに炒め、さらに澄ましスープのあんをかけたもの。スープにも手がかかっており鶏料理とは思えないほど美しい一品だ(写真提供:老四川 飄香)

熱意が通じ晴れて同流派に入門が許されたときには、「伝承式」が開かれテレビ局など多くの報道陣が取材にくるほどだったそうだ。同流派の継承者は日本人としては2人目。井桁シェフは今、「老四川 飄香 麻布十番本店」で松雲門派の料理を伝えるコースも提供している。

それほどまでに四川料理に入れ込む井桁シェフが、最初に魅了された同省の料理は最も身近な中華料理の一つ、回鍋肉(ホイコーロー)。高校1年生のとき、アルバイトをしていた中華料理店のまかないで食べたこの料理に、「めちゃめちゃご飯に合う」と衝撃を受けたことが、四川料理のシェフを目指すきっかけとなった。

「老四川 飄香 麻布十番本店」の回鍋肉(2640円)。ばら肉を使用するときもあるが、基本的には皮つき豚モモ肉を使用(写真提供:老四川 飄香)

ただし、当時食べた回鍋肉は甜麺醤(テンメンジャン)を使った甘味噌炒めのような料理。実は四川の回鍋肉では、ほとんど甜麺醤は使われず、味付けはほぼソラ豆とトウガラシを発酵させて作る豆板醤(トウバンジャン)なのだという。使用する肉は皮つきの豚モモ肉。たっぷりとした脂身があるが、一度ゆでてから用いるのでしつこさはない。

「老四川 飄香 麻布十番本店」で提供する回鍋肉も、皮つき肉が入手できる際はこれを使用している。合わせる野菜には決まりはないが、現地では葉ニンニクのみを使用することが多く、井桁シェフはこれにタマネギを加える。野菜の甘みが料理を引き立てるからだ。甜麺醤の回鍋肉はご飯のおかずというイメージだが、発酵したソラ豆の豊かな風味が加わった肉料理は酒との相性も抜群。訪れた中国人客が「本場の回鍋肉のお手本」と絶賛したこともあるといい、同店の名物料理となっている。ちなみに、この回鍋肉は「四川省の人に何が好きかと聞いたら、ほとんどの人はこの料理を挙げると思います」(井桁シェフ)というほど、現地でも人気が高いそうだ。

新しい四川料理の顔を映した「ジャンピングパンダ」に、伝統料理を極める「老四川 飄香 麻布十番本店」。両方の店の料理を味わえば、今まで知らなかった四川料理の世界が目の前に驚くほど開けてくるだろう。

(ライター メレンダ千春)

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