欧米で禁止の殺虫剤 バッタ大群駆除も、残る環境不安

日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/4/23
ナショナルジオグラフィック日本版

サバクトビバッタの大群の規模は、1.3平方キロメートルに満たないものから1200平方キロメートルに及ぶものまであり、4000万~8000万匹で形成される。レワ野生動物保護区(PHOTOGRAPH BY DAVID CHANCELLOR)

2019年後半以降、サバクトビバッタの大群がアフリカ北東部の「アフリカの角」を覆い尽くし、農作物や牧草地を食い荒らしてきた。その対策として、バッタを追跡して退治するための驚くべき大規模な作戦が開始された。

国連食糧農業機関(FAO)が主導する東アフリカ8カ国での殺虫剤の散布活動の結果、最悪の事態は今までのところ回避されている。FAOの推計では、この作戦のおかげで2020年にはアフリカの角およびアラビア半島南部のイエメンに住む2800万人分の食料と牧草地が守られた。

しかし作戦が進展する一方で、環境にもたらす影響はまだわかっていない。対策にあたる関係者たちは、植物や昆虫、野生動物、人間に害を及ぼすことなく害虫を駆除するという難しいバランスを模索してきた。ケニア北部は、花粉や蜜を集めるハナバチ類の多様性で世界に知られており、農業関係者や保護活動家たちはハナバチが被害を受けることを懸念している。

これまでに230万リットルの化学殺虫剤が190万ヘクタールに散布され、FAOによれば費用は1億9500万ドル(約213億円)にのぼる。散布は2021年も継続される予定だ。

今回の作戦が環境にもたらす被害についてはまだ評価が不十分だが、殺虫剤の影響については数十年にわたるデータが積み重なっている。効果を発揮する害虫の種類が幅広い殺虫剤は、バッタだけでなくハナバチやその他の昆虫まで殺してしまう。また、水系にも浸出し、人体にも悪影響を及ぼす恐れがある。

不意打ち

サバクトビバッタの大群は、見る者をおびえさせる。地平線に黒い煙のようなものが現れ、やがて空は暗くなる。カサカサという音が次第に大きくなって喧噪(けんそう)となり、数千万匹もの貪欲な、指ほどの大きさの明るい黄色のバッタが大地に舞い降りる。

ケニアは70年間、バッタの大量発生による被害「蝗害(こうがい)」を受けてこなかった。2019年に最初の大群が襲来したときにはまったく備えができておらず、不意を突かれた形となったのも当然だった。

大量発生のきっかけは2018年。アラビア半島の砂漠にサイクロンが大量の雨を降らせ、湿った砂地でサバクトビバッタが人知れず繁殖した。2019年には、人が近づきがたいイエメンの紛争地帯に強風で運ばれ、やがて紅海を渡ってソマリア、エチオピア、そしてケニアにまでやって来た。

ケニアでは当初、バッタを防除するためにあらゆる手が尽くされた。「パニック状態でした」と、殺虫剤の環境被害を専門とするオランダの環境毒物学者ジェームス・エバーツ氏は言う。

殺虫剤の散布は、新型コロナウイルスの感染が拡大し世界各地で都市封鎖が行われている間も続けられた。数百人の地元のボランティアやケニアの国家青年奉仕隊の隊員たちが、最小限の訓練を受け、新型コロナ対策のマスクを着用して噴霧器を背負い、在庫があった殺虫剤なら何でもバッタの大群に噴射した。デルタメトリンが数万リットル、フィプロニル、クロルピリホスやその他の殺虫剤も数百リットル散布された。その多くは、ヨーロッパや米国の一部では使用が禁止されている。

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欧米で禁止の殺虫剤を散布
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