日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/4/23

北部のサンブル地区では、ある地上散布チームが推奨量の34倍の殺虫剤を散布し、ハナバチや甲虫が死んだだけでなく、散布した本人や農作物にも殺虫剤がかかったことが報告されている。

「当初は非常事態だったのです」。ケニアでバッタ防除対策の環境被害を監視するFAOチームのリーダー、テクラ・ムティア氏は話す。「食料を確保するため、できるだけ早く事態を収拾することが最重要課題でした」

サバクトビバッタの大群を突っ切って急降下するソウゲンワシ。ソウゲンワシは大型の猛禽(もうきん)類で、げっ歯類などの小動物、昆虫、死肉などを餌とする。ケニア北部、レワ野生動物保護区(PHOTOGRAPH BY DAVID CHANCELLOR)

欧米で禁止の殺虫剤を散布

 害虫を殺す殺虫剤は当然ながら有毒だ。FAOが推奨し地域の政府が承認している4つの化学薬品のうち、クロルピリホス、フェニトロチオン、マラチオンの3つは、効果の対象が幅広い有機リン系殺虫剤だ。広く使用されているが、サリンガスと同じ有機リン中毒を起こしうる神経剤だ。もうひとつのデルタメトリンは合成ピレスロイド系殺虫剤で、哺乳類にはそれほど有毒ではないものの、ハナバチや魚には毒性が強い。

 バッタ防除に使用する殺虫剤の評価を行うFAO殺虫剤審査グループは、この4つの薬剤を、いずれもハナバチには高リスク、鳥類には低~中リスク、バッタの天敵や土壌昆虫(アリ、シロアリなど)には中~高リスクと評価している。

 欧州連合(EU)は2020年の初めにクロルピリホスの使用を禁止した。米国ではニューヨーク州、カリフォルニア州、ハワイ州ですでに禁止されている。フェニトロチオンもヨーロッパでは禁止されているが、米国とオーストラリアでは許可されており、オーストラリア政府はバッタ防除対策の主力に用いている。

「私たちは、従来の殺虫剤について隠すつもりはありません」と話すのは、ナイロビのFAO回復チームのリーダー、シリル・フェランド氏だ。急増するバッタの大群を前に、手をこまねいていることはできなかったと言う。「信頼できる方法で、サバクトビバッタの数を減らしたいと考えています」

環境への負荷が低い生物農薬の課題

 バッタだけを駆除し、環境への負荷が低い生物農薬が、数十年前から使えるようになっている。だが、依然として化学殺虫剤が選択されることが多く、現在の東アフリカでのバッタ防除活動では散布薬剤の9割を占めている。

 生物農薬の開発が始まったのは、北アフリカからインドまでの広い地域で何年も続いた蝗害が終息した1980年代後半のことだった。

「数百万リットルもの殺虫剤が散布されたことを知り、援助した側も恐怖を感じました」とオランダ人科学者クリスティアーン・クーイマン氏は振り返る。「そして、研究者たちに『他に何かできることはないのですか』と尋ねたのです」。その後、氏はバッタ駆除に効果がある糸状菌メタリジウム・アクリダム(Metarhizium acridum)を用いた微生物農薬を開発した。

 メタリジウムは1998年から市場に流通しており、FAOからバッタに対する「最適な防除オプション」として推奨されているが、ほとんど使用されていない。というのもメタリジウムは遅効性で、バッタが死ぬまでに数日を要するからだ。高価で散布方法も難しい。さらに、最も効果を発揮するのはまだ飛べない幼虫に対してであり、最大の脅威である成虫の大群ではない。

 バッタだけを駆除するというメタリジウムの最大の特長が商品としての収益性を下げているせいで、メーカーはあまり作りたがらず、コストのかかる登録手続きなどもその国が必要に迫られるまでやりたがらない。結果、必要なときに手遅れになってしまう。

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