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33歳までの長い助走 回想の画家、重ねた心のスケッチ

名古屋画廊 中山真一

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NIKKEI STYLE

才能や感性を鋭く問われる画家らアーティストは、若き日をどう過ごしたのか。ひとつの作品を手がかりにその歩みをたどる連載「青春のギャラリー」。ガイド役は名古屋画廊社長の中山真一さん(63)です。中山さんは「いつの世もアーティストが閉塞感を突破していく。自分を信じて先人を乗り越えていく生き方は、どんな若者にも道しるべを与えてくれるのではないか」と語ります。(前回は「模倣ではない未来を創造 米先導のミニマルアート画家」

記念撮影でもするために、うしろの学校らしき建てものから出てきたひとたちであろうか。みなこちらを見つめている。落ちついた緑に赤茶けた土肌。土肌の色と一体になったかのような建物群、その奥には廃虚となった建物がそびえる。作者にスペイン留学の経歴があると知れば、やはりこの絵は彼(か)の地を描いたものであろうか。廃虚は20世紀スペイン内戦の時代にできたのかもしれない。

それにしても、どこか特定の地ということではなさそうだ。土地には記憶というものがあろう。風土や人間が生きた記憶。一方で、描く人間にも記憶がある。画家は土地の記憶に思いをはせ、自分自身の記憶をもたどったか。雲ひとつなく、ありえないほどに濃くて鮮やかな群青の空が、2つの記憶をむすびつけ、時空を超えて見る者にさまざまな回想をうながそうとしている。

この作品《僕は思い出す》(1976年作、油彩・キャンバス)の作者・藪野健(やぶの・けん)は1943年(昭和18年)に名古屋市で生まれた。その年、画家であった父親が新文展(現・日展)で特選となっている。戦後2年目、疎開先から4歳で名古屋へもどると、戦中の空襲で街は廃虚であった。それが人生ほとんど最初の記憶としてのちのちまでも残る。

戦前の街並みはどんなであったろうと想像をめぐらせてもいた。そんな時代、1トン爆弾によってできた池で泳いだ。小学校の校舎はバラックで、しかも不足ぎみ。授業時間の半分くらいを生徒たちみな東山動物園や植物園、天文台ですごす。なんでも自分の頭で考えざるをえない。

戦争が終わり、社会はなんらかの明るさをとりもどしていた。貧しさのなかにも、おとなたちは楽しそうにみえる。工業生産がはかどらないぶん、街なかの河川も澄んだ輝きをみせていた。一方で、瓦礫(がれき)による廃虚は死ととなりあわせでもある。夜は深い闇。空襲で亡くなったひとたちのことが想(おも)われてくる。自身によく微熱がでたこともあって、「死」はいっそう身近にあった。すべては混沌の世界だったのである。

生きてみたい時代を画面に

63年に入学した早稲田大学では、美術史を学んでいたものの当初は建築家をめざした。20歳のころ、無性に油彩画を描きたくなったと父親に伝えると、油絵の具など画材一式が下宿に送られてくる。父親が画家にしても、絵画は独学。大学院でもひきつづき美術史を学んだが、卒業論文も修士論文もガウディら建築家についてであった。しかし、27歳でスペインの首都マドリードに留学し、建築家志望からついに画家のほうで立つことを決意する。

スペインでは、自然や街の景観にくわえ、プラド美術館でみるベラスケスやゴヤなどにふかい感銘をうけた。大学時代の恩師、坂崎乙郎(美術史家)が、ヨーロッパではフランスのルーヴル美術館よりむしろプラド美術館のほうが人間の歴史がきざまれていて魅力的だと語っていたのを思いだす。

建築は自分のイメージするとおり実現しようにも、おそらくはさまざま制約が多いであろう。絵画なら自分の行きたい土地や出会いたい人々、生きてみたい時代をひとつの画面のなかに構成して実現できそうだ。当初は、好きな建築物の内部を、スペイン的な色彩ともいえる褐色調で描いた。建物内部の柱や階段などのしつらえが、見る者の視線を迷宮へと誘うように連なっている。どこか幻想性のある作風であった。

帰国して描く回想のスペイン風景は、古典技法をベースに、やはり褐色調による建物風景であった。やがて建物の内部風景から外観を描くように変わり、画面に明るさがますとともに人物群像も配されるようになる。そしていよいよ1976年、33歳のとき、のちに「ヤブノ・ブルー」と呼ばれる青空をたたえた本作品《僕は思い出す》を描くこととなった。赤茶けた土肌はかつて名古屋でみた焦土の色であろう。しかしその昏(くら)さは、未来をあざやかに映すヤブノ・ブルーの青空でおおいに救われるところとなる。

「20代のあるとき、坂崎乙郎先生が、男子は33歳までは就職も結婚も、世に出ることもなくてよいとおっしゃられた。就職すると、生活は安定しても時間がもてなくなる。貧乏しても自分の好きなことをせよ。結婚を急いで家庭的な幸福に早くひたる必要もない。また、無名でも、肩書がなくても、見るひとは必ず見ているものだ、と。なぜ33歳なのかは聞かなかったが、ファン・ゴッホやエゴン・シーレらをなんらか念頭においた上で坂崎先生らしい直観だったのかもしれない。そのお話を伺ったとき、少し安心したような気持ちになった。その後もけっきょく就職を考えず、大学の図書館にかよって膨大な文献に目をとおしていたような時期もある。面白いことに、結婚したのも、この作品などをきっかけに画壇でみとめられるようになったのも33歳のときだった。画家の人生は、ながい助走期間のもとに三段跳びを試みるといったところではないか」

今はない建物も生き生きと

その後、藪野はヴェネチアやパリの連作などにも取りくみながら、油彩による大型作品を中心とした発表活動を行っていく。そのかたわら、ライフワークともいうべきスケッチによる街の建物風景を精力的に描きつづけてきた。それは東京であったり郷里の名古屋近辺であったり、あるいは日本全国やヨーロッパの街並みであったり、教授もつとめることとなった母校、早稲田大学の周辺であったり。明治から昭和の戦後まもないころに建てられた、ふるくともモダンな建物にとくに引かれてきた。

さらには、今はなくなってしまった建物も写真資料をもとにいきいきと描かれることとなる。何千点にもおよぶそうしたスケッチ群は、どれを見てもどこか愛しさや懐かしさをおぼえさせるものだ。藪野の作品によって街の記憶が、そこに生きる人たちに定着する場合もさぞや多かろうと思われる。

また、鉛筆や水彩などによるスケッチを精力的に描いてきたといっても、画面のどこにも苦闘の痕跡はない。かつて藪野の母親が、健は幼少のころからすごいスピードで絵を描き、犬でも見たはしから、ときにシッポからでも描いてしまうと話していたのを思い出す。筆の運びになんら渋滞がなく、すべては気持ちよく描かれている。

建物はひとの生きた証し。描いていると、そこにかつて生きた人たちがあらわれて藪野を見つめかえす。建物の歴史と自由な往還関係をきずくなか、1枚描くごとに藪野のなかの記憶の蓄積が厚みをましたことであろう。ひいては油彩画制作のバックボーンとなっていった。幼少期の戦後体験をもとにした回想という藪野独自の方法は、おびただしい数のスケッチを描いてきたことに支えられつつ、こんにちに至るまでもたえず展開をつづけている。(敬称略)

中山真一(なかやま・しんいち)
1958年(昭和33年)、名古屋市生まれ。早稲田大学商学部卒。42年に画商を始め61年に名古屋画廊を開いた父の一男さんや、母のとし子さんと共に作家のアトリエ訪問を重ね、早大在学中から美術史家の坂崎乙郎教授の指導も受けた。2000年に同画廊の社長に就任。17年、東御市梅野記念絵画館(長野県東御市)が美術品研究の功労者に贈る木雨(もくう)賞を受けた。各地の公民館などで郷土ゆかりの作品を紹介する移動美術展も10年余り続けている。著書に「愛知洋画壇物語」(風媒社)など。

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