東京大学大学院在学中に日本最大級のピアノコンクールでグランプリを受賞したことをきっかけにプロの道を本格的に歩み始めた若きピアニスト、角野隼斗(すみの・はやと)さん。「Cateen(かてぃん)」という名前で演奏動画を配信するユーチューブチャンネルの登録者数は70万人を突破し、人気ユーチューバーとしての顔も持つ。多彩な活躍を見せる角野さんは20年春、大学院を修了したばかり。学生時代に人工知能(AI)を研究していた角野さんに、研究から学んだことや音楽活動との相乗効果などについて聞いた。
研究で「音色」について考え深めた
――東京大学大学院情報理工学系研究科を修了し、ピアニストの道に進みました。どのような思いがありましたか。
「『音楽が趣味ではないかも』と思い始めたのは、大学院1年生の夏に第42回ピティナ・ピアノコンペティションという非常に大きなコンクールでグランプリを頂いてからです。それは当時の僕としても大きな驚きでしたが、同時に、中途半端な気持ちでピアノはできないというプレッシャーや責任を感じることの方が、喜びよりも強かったです」
「最初は研究者と音楽家を両立しようと思っていました。ですがそのうち、自分は別に研究成果をあげたいわけではないと気付き、今は音楽を全力でやろうと、音楽の道を選びました。それでも、自分や他人の演奏がどうなっているのかを解析して理解するために音響的な分析をすることはあるので、音楽表現に生きる形で研究を活用していくと思います」
――大学院での研究はどんな内容だったのですか。
「機械学習の手法を用いた自動採譜・自動編曲です。実際に演奏された音楽を機械が『耳コピ』で楽譜にできるかどうか、というイメージです。既存の自動採譜の手法は、実際のピアノの音源と、それに対応するピアノのMIDIデータ(音程や長さ、強さを記録した演奏情報)、つまり『正解』を用意します。機械学習のネットワークにピアノ音源を入力すると『MIDIピアノロール』というピッチ(音の高さ)と時間の2次元データが出てくるので、それが正解のMIDIデータとどのくらい離れているかを計測して学習精度を上げていきます」
「ただ、ピアニストとして既存の手法に違和感がありました。例えば半音だけ違った音が入ると目立ちますが、オクターブで重なっていることは、耳で聞いたときに不自然ではない。しかし既存の手法だと、どちらも間違いと認識されてしまう。人は耳で音楽を聞くものです。そこで、出力されたピアノロールを再度ピアノで弾いてみて、MIDIデータではなく、音と音で比べるという学習方法を提案しました。この方法だと正解データがない場合でも、音だけ用意されていれば学習ができるので、大量の学習データを必要とする機械学習の弱点を補えると考えました」