――そういった研究で、どんなことを解き明かしたいと思っていたのですか。
「このような研究をしていると、音色がどうなっているのかを改めて考えるきっかけになりました。ピアノの仕組みを考えると、ハンマーが弦に当たる瞬間の速度だけで音色は決まるはずです。ですがピアノをやっている人間からするとそれだけでなくて、様々な打鍵方法によって音色が変わると思っていますし、そもそも音色とは音を出す微妙なタイミングや音量のバランスなども含めて我々は音色だと感じています。このように音楽を要素分解して、機械でどう再現できるかを考えていました」
AIは人の演奏を再現できる?
――機械やAIが、人間が演奏しているように音楽を再現することはできるのでしょうか。
「コンピューターで音楽を制作するとき、DAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)というソフトを使って弦楽器の抑揚を設定したりしますが、それは半分機械にやってもらっているようなものです。実際に人間が弾いてはいないけど、音源をパソコンで組み合わせることで人間が弾いているように表現しています。それを今後、機械がどこまで自動でできるようになるかという話で、すでに大抵の人に違和感がないように作ることはできると思います。そういう意味で言えば、機械は人間が演奏しているように音楽を再現できると言えます」
「AIについては、全て見せ方の問題だと思っています。『AIが自動演奏をする』『AIが作曲をする』などと言いますが、実際は人間がシステムを作っているだけで、AIが自律的に考えてやっているわけではない。それを人間がやっているように見せるのか、AIがやっていると見せるのか、それはプロデューサーの戦略だと思います」
――音楽活動と研究は相乗効果がありましたか。
「そうですね。大学院のときの研究アイデアも自分が音楽をやっているところからきているので、他の研究者とは違うアドバンテージになりました。自分の耳コピやアレンジが機械でどう再現できるのかを考えることは、リズム感やタイミングといった人間が無意識にできていることがどうなっているのかを要素分解していくことにつながります。そういう無意識にやっていることを分析できていた方が、音楽表現の助けになると思っています」
「アカデミアの世界というのは、既存研究のサーベイ(調査)とそれに対する検討や考察があります。それらを踏まえ、新規性を出すことができて初めて論文になります。この考え方のスキームは、音楽をやる上でもYouTubeをやる上でも同じだと思うんです」
「音楽やYouTubeで自分の立ち位置を確立している人は、明らかに他の人にないものを持っていて、それは研究で言う新規性です。ですがそのオリジナリティーを出すためには、今まで人類がどういうことをやってきたのかを知る必要があります。そうでないと『車輪の再発明』になってしまう。僕は自分自身が、人間の過去から学んでそれを未来に生かしていくという意識がすごく強い。それは短期間でもアカデミアの世界にいたからなのかもしれません」