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僕は、どちらの役も長年演じて身体に染みついているので、歌うときは歌詞を間違えないように気をつけています。コンサートでも、相手との関係性で僕がトートをやったりルドルフをやったりするし、途中で入れ替わるときもありますから。この曲の魅力は、メインのメロディーで上のパートを歌う人のキーがすごく高いこと。男性にはけっこう高くて、しかも何回も出てくるから、余裕では歌えない。全力で歌う感じになるのですが、きっとそれが、追い込まれたルドルフの状況を表すのにいいんですよね。トートとルドルフのどっちが上でどっちが下かは、国やバージョンによって違うし、2回目のサビを交換するときもあります。上のパートは精いっぱい歌わないといけないし、下のパートは相手を支えるというか、ずっとハモっているので、どちらを歌うかで役割が全然違います。

僕がお薦めしたいデュエットソングは、まず『ミス・サイゴン』の『世界が終わる夜のように』。ベトナム戦争の最中、アメリカ兵クリスとベトナム人キムが歌う、すてきなナンバーです。クリスを演じていたとき、けいこ中によく言われたのは、2人は崖っぷちにいて、落ちる寸前だけど、抱き合って支えあいながら歌ってるんだと。日常ではないシチュエーションだからこその激しく熱く燃え上がる愛なので、歌うのにもすごくテンションが必要なのですが、音楽がそこまで持っていってくれる曲です。

名作だと『ウエスト・サイド・ストーリー』の『トゥナイト』ですね。対立する非行グループに属するトニーとマリアがお互いの気持ちを確かめあうラブソング。レナード・バーンスタイン作曲なのでクラシカルな要素があって、曲も素晴らしいのですが、そこに至るまでの劇中の流れが、もう歌い出すしかないだろうという自然な展開です。気持ちが自然に高ぶっていって歌になるというお手本のような曲なので、ミュージカルナンバーを代表するデュエットソングではないでしょうか。

ラブソングはたいてい盛り上がって終わるのですが、『トゥナイト』は途中で静かになったりもします。気持ちが高ぶった後に、「今日は帰らなくちゃいけないから、もうお別れ」というので1回静かになり、その中でも熱い気持ちを歌う。その構成が曲として素晴らしい。周りに気づかれないように、声を重ね合うデュエットの美しさを堪能できます。

カラオケでデュエットすることもあると思いますが、歌うときのポイントは相手の声をよく聴くこと。どうしても自分の声が気になると思うのですが、そうじゃなくて相手に集中する。そこがデュエットの面白さで、そのときに相手の人間性みたいなことまで分かる気がします。お芝居をするときも、相手が言っているセリフに集中しろと言われますし、ピアノの伴奏も、いい伴奏者は自分の手元を見てなくて、歌手の方を見ています。デュエットも、そんな気持ちで歌うといいのではないでしょうか。

逆に、テレビの歌番組でデュエットソングを見るときは、2人が歌の世界の人物にどれだけなりきっているかに注目すると面白いと思います。歌っている瞬間は、歌い手はお芝居をしているので。4月3日に放送される『映画音楽はすばらしい!II』(NHK BSプレミアム/BS4K、午後9時~)という歌番組では、ダイアナ・ロスとライオネル・リッチーが歌った『エンドレス・ラブ』を平原綾香さんとデュエットしました。ブルック・シールズ主演の映画『エンドレス・ラブ』の主題歌です。そのときも、終わることのない愛にひたっている男女を平原さんと一緒に演じている感覚で、運命共同体になったような一体感に包まれながら歌っていました。

デュエットのアルバムやコンサートへの夢

フランク・シナトラやバーブラ・ストライサンド、トニー・ベネットといった海外の大物歌手は、いろんな相手とデュエットしたアルバムを出しています。僕はそういうアルバムが大好きです。坂本真綾さんも、3月に『Duets』という7人のアーティストとデュエットしたアルバムを出しました。僕も『星と星のあいだ』という、真綾さんが作詞作曲してくれた新曲でデュエットさせていただきました。僕と真綾さんが男女で歌っているというよりは、眠れない夜に一緒に寄り添うよと歌う、今までにない形のデュエットソングです。ラブソングだけじゃなくて、いろんなパターンの曲が聴けるアルバムということなので、すてきだなと思いました。真綾さんは4月4日にラジオ番組『井上芳雄 by MYSELF』にゲストで来てくれて、その曲を生で一緒に歌ってくれます。

僕もこれだけデュエットが大好きなので、デュエットアルバムを出したり、デュエットだけのコンサートをしてみたいですね。実際にやるとなると、相手を探したり、曲を選ぶのが大変かもしれませんが、一緒に歌うことで仲良くなったり、コミュニケーションがとれたりすることもあるでしょう。ぜひ実現させたいものです。

『夢をかける』 井上芳雄・著
ミュージカルを中心に様々な舞台で活躍する一方、歌手やドラマなど多岐にわたるジャンルで活動する井上芳雄のデビュー20周年記念出版。NIKKEI STYLEエンタメ!チャンネルで月2回連載中の「井上芳雄 エンタメ通信」を初めて単行本化。2017年7月から2020年11月まで約3年半のコラムを「ショー・マスト・ゴー・オン」「ミュージカル」「ストレートプレイ」「歌手」「新ジャンル」「レジェンド」というテーマ別に再構成して、書き下ろしを加えました。特に2020年は、コロナ禍で演劇界は大きな打撃を受けました。その逆境のなかでデビュー20周年イヤーを迎えた井上が、何を思い、どんな日々を送り、未来に何を残そうとしているのか。明日への希望や勇気が詰まった1冊です。
(日経BP/2970円・税込み)
井上芳雄
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)、『夢をかける』(日経BP)。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第91回は4月17日(土)の予定です。


夢をかける

著者 : 井上芳雄
出版 : 日経BP
価格 : 2,970 円(税込み)


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