北欧発ペアレント・スマート 子育て経験を仕事に還元
性別や人種がキャリアの障害になったり、男女間の所得の差があったりすることが問題視されるスウェーデンは「主婦」という職業がない国です。男女を問わず仕事は自分のアイデンティティーを支える大切なもので、初対面の人との会話の切り口は「あなたは何(の仕事)をなさっているんですか?」が定番です。
近年、スウェーデンでは人一倍働いてキャリアを積むことより、自分が信じること、仕事として携わっていたいことを選ぶ女性が増えています。子育てを通じて得られる能力を評価し、生かす「ペアレント・スマート」な企業を増やすために尽力するティーナ・ブルーノさんもその一人です。
「サラリーマンに戻ろうと考えたことはない」
経営コンサルティングの会社を経営しているティーナさんのオフィスは、スウェーデンの首都ストックホルムの郊外にある自宅の一室。背景用のスクリーンや立ったり座ったり姿勢を変えて仕事ができる机などが配備されていて、コロナ禍でウェブ会議が中心の今、必要なオフィスの機能が充実しています。
自宅勤務のメリットの一つは、仕事の合間、気分転換に大好きな庭に出て自然を眺めながら1人でティータイムができること。これはティーナさんにとっては大切なひとときで、いいアイデアが浮かんだりするのだとか。
現在の会社を立ち上げたのは2010年。すでに10年以上たちますが、政府や国連の機関の会議に同行して海外で講演するなどの依頼が立て続けに来る活躍ぶりです。
「現在の状況になるまで、少し時間がかかりました。1人で運営しているので収入に波があります。家族や友人から、あなたならどこにでも就職できるじゃない、その方が楽なんじゃないの? と言われたこともありました。でもサラリーマンに戻ろうと考えたことはありません。私は頑固というか、父親・母親業が指導者としてのスキルを高めることを世間に認めさせるまで絶対諦めないぞと決めていたんです」とティーナさん。
父親が脳外科医だったこともあり、ティーナさんは子どもの頃から将来は医者になって人が安楽な生活ができるよう手助けをしたいと考えていました。学生時代に進路を変更し、MBAを取得しましたが、人の助けになる仕事がしたいという気持ちは消えていませんでした。
ビジネスで成功するリーダーの資質は子育てで学んだ
大学卒業後、ティーナさんは大手PR会社でプロジェクトマネジメントやコミュニケーション・コンサルティングの仕事で活躍していましたが、3人目のお子さんの育児休暇が終わる頃退職し、友人を助ける形でリーダーを育成する仕事に転職しました。
近代的な価値を重視する指導者を育成する仕事に携わっていたこの時、成功する企業の指導者に必要な資質の多くは、育児休暇中や親として生活する日常から取得できていることに、ティーナさん自身の経験から気が付きました。
「効率性、組織力、創造性、柔軟性は、どの職場においても高く評価されている能力です。 親として忙しい日常生活を送るなかで、いろいろなことの優先順位付けをする、うまく人に委任してやる気を起こさせる、問題をすばやく解決するなどといった能力が、日々のさまざまな子育ての場面で知らずと訓練されているのです。
それなのに、育児休暇で長く職場から離れると職務能力が低下していると誤解されることが多いのです。これからの企業は育児休暇や手当などの福祉だけを充実するのでなく、親としての資質を評価し、生かすペアレント・スマートな企業であってほしいと思います。
社員のあらゆる資質を正しく評価できるようになれば、持続可能な勤務体制を取れるインクルーシブで成熟した企業としての認知度が上がります。ペアレント・スマートであることで社員の忠誠心をあおり、よりよい人材確保ができるということをたくさんの企業に理解してもらいたいと考えています」
100人の管理職と子育て社員の声を聞き、本を出版
企業が育児休暇を取る社員をただの負担とするのではなく、発想を転換し、社員にリーダーシップスキルを与える素晴らしい機会だと受け止められれば、育児でストレスがたまっている社員の将来への心配を減らすことができます。小さな子どもをもつ社員が安心して育児に専念できることは、彼らのワークライフバランス、つまり生活の向上につながります。
子どもの頃から人のためになる仕事がしたいと思っていたティーナさんは、ペアレント・スマート構想を広めることが彼女のライフワークだと思っています。でも、どこから始めたものかと思案していた起業当時、まずはデータを集めようと、100人の管理職と子どものいる社員にアンケート調査をしました。結果は予想通り、ティーナさんの理論を裏付けるものになりました。
それを元に出版した本とその新しい考え方が話題に上り、大手の新聞や雑誌などにも掲載されティーナさんの会社の方向性を定めるきっかけになったそうです。その後ティーナさんは各分野のエキスパートたちとチームを組んでペアレント・スマートな会社の成功事例を国内外に発信する活動をはじめました。
ペアレント・スマート構想は世界へ広がる
ティーナさんの提案に多くのスウェーデンの大企業が賛同して、人事部の人材開発ワークショップなどで取り上げられるようになりましたが、活動は同時に海外へと大きく広がっていきました。
スウェーデン外務省の広報機関であるスウェーデン・インスティテュートが、2013年から2年間にわたって世界を巡り、スウェーデンのワークライフバランスを紹介する「ライフ・パズル」というイベントを実施しました。ティーナさんはそのイベントにパネリストの一人として参加、アジア、ヨーロッパのいろいろな国で講演しました。
2013年には東京にある在日本スウェーデン大使館でのイベントにも出席。渡航先ではそれぞれ現地のメディアからも注目を浴び、ティーナさんはスウェーデンの育児環境を代表するエキスパートの1人として紹介されました。
特にバルト海から東側のヨーロッパでは、スウェーデン式のワークライフバランスへの関心が高く、国連人口基金(UNFPA)の主催でベラルーシ(白ロシア)での講演に数回にわたり招聘(しょうへい)されました。エストニアで開催された60人の人事部長を集めたビジネス・プロフェッショナル・ウーマンというネットワークでもワークショップを担当するなど人気の講師として活躍しています。
ティーナさんの今後の目標は国連のSDGs(Sustainable Development Goals 持続可能な開発目標)を遂げる一環として、ペアレント・スマートを推進していくことだそうです。
「ペアレント・スマートな企業は人間の生活をよりサステイナブルにすることに役立つと思っています。人生が満ち足りたものである人は業績も高く、組織への忠誠心も厚くなります。企業にとっても個人にとっても良い、ウィンウィンの関係ができるので持続可能な社会の一部になれると信じています。経済学科を卒業した時は、私に人のためになる仕事なんてできるのかしらと思ったのですが、私なりのやり方で到達できる目標が立てられ、それに向かって頑張っていけるのでとてもうれしく思っています」
ポジティブなパワーにあふれるティーナさん。これからもより多くの組織をペアレント・スマートで持続可能なものに変革していくでしょう。
(取材・文 中妻美奈子、写真提供 ティーナ・ブルーノ)
[日経xwoman 2021年1月6日付の掲載記事を基に再構成]
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