2021/4/17

衝突

全盛期のミールは、人類が作った宇宙で最大の構造体だった。現在はウィスコンシン州の子供向け博物館に展示されているミールのセントラルノードは、スクールバスほどの大きさで、5つのポートがある部屋につながる舷窓があった。5つのポートは、それぞれ別のモジュールにつながるようになっていた。

一つの壁には、ミールと一緒に打ち上げられたギターがかけられている。そのそばにある2つのスキューバタンクのように見えるものは、ミールの酸素発生装置で、過塩素酸リチウムのカートリッジを加熱して酸素を発生させていた。

ミールには機材のほか、10年以上にわたって蓄積されてきた雑多なものが詰め込まれており、NASAの宇宙飛行士マイケル・フォール氏には、腕を伸ばせる空間もなかった。「ロシア人は何も捨てたがらず、そこら中に物が保管されていました」(PHOTOGRAPH BY NASA)

1997年2月23日、酸素発生装置のキャニスター(二酸化炭素吸着装置)の1つが炎を上げ、ミール内に酸性の煙が充満した。顔のすぐ前にある手も見えないような状態の中、クルーたちはなんとかガスマスクを着けたが、中にはまともに機能しないものもあった。壁から消火器を取り外そうとしても、きつく固定され動かせない始末だ。

「ロシアは、この火災は90秒間だったと報告しています」とガセインズ氏は言う。「実際の時間は14分でした。しかもロシアは、宇宙飛行士が火を消したとしていますが、実際には自然に燃え尽きたのです」

海軍で訓練を受けた医師のリネンジャー氏は、同僚たちのやけどの手当をした。彼は事故報告書を提出したが、NASAがロシア側の話をほぼそのまま繰り返すのを聞いて困惑した。

「NASAの見解は、この事故はたいしたことではなく、ISSのためのいい訓練になったというものでした」とガセインズ氏は言う。「ロシア側は、この事故の前にも何度も火災があったことをNASAに伝えていませんでした」

迫る死

1997年5月17日、天体物理学者のマイケル・フォール氏がリネンジャー氏と交代したとき、ミールの壁にはまだ火災の跡が残っていた。この英国生まれの宇宙飛行士は、新型コロナウイルス感染症の流行が始まって以来、妻と一緒に閉じこもっているというコロラドの自宅で話を聞かせてくれた。

つい最近火災があったにもかかわらず、最初のうち、フォール氏はミールに4カ月以上滞在することに不安を感じてはいなかったという。「奇妙だとは思いましたが、すでに解決されたことですし、もう起こることはないと考えました」

フォール氏が宇宙飛行士になったのは、1986年のチャレンジャー号爆発事故の直後だった。「悪いことは打ち上げのときに起こるものだという気がしていました。宇宙に着いてしまえば、わりと静かなものですから」

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