死まであと7分 旧ソ連の宇宙ステーション事故の真相

2021/4/17
ナショナルジオグラフィック日本版

ミールに最初期に搭乗したクルーは、「ドラゴンフライ(トンボ)」と呼んだ。1995年にスペースシャトル「アトランティス」から撮影されたこの写真を見れば、その理由は明らかだ。左端に脱出ポッドの「ソユーズ」、右端に補給船「プログレス」がドッキングされている(PHOTOGRAPH COURTESY NASA)

宇宙ステーション「ミール」内に残された酸素は24分間分だった。マイケル・フォール氏の耳が痛んだ。外壁にあいた穴から空気が抜けているせいで、圧力が低下しつつあるのだ。

フォール氏はミールの脱出ポッド(ソユーズ宇宙カプセル)に1人で座り、同僚のロシア人宇宙飛行士2人が合流するのを待っていた。ところが、その頃、彼らは必死になってミールの中を駆けずり回り、無人補給船がミールを構成する接続ノードに衝突して空けた穴の場所を特定して塞ごうとしていた。

暗闇の中で待っていたフォール氏の頭に、訓練中に繰り返し言われたことがよぎった。「酸素残量が30分を切ったら、船を捨てるべきだ」

じりじりと時間が過ぎる。ロシアのクルーは姿を見せないが、ロシア語で交わされる2人の叫び声が聞こえてくる。「はっきり分かったのは」と、当時を振り返ってフォール氏は続けた。「あの2人は、ミールを離れる気がないことでした」

当時のミールは、まさに死につつあった。稼働から11年になる宇宙ステーションは、このときすでに予想耐用年数を5年も過ぎていた。それでもミールを作ったロシア人たちは、あらゆる手を尽くして、その後さらに4年にわたって、ミールを軌道に乗せ続けた。そして迎えた2001年3月23日。ロシア人が愛するミールの存続をあきらめ、地球の大気圏に突入させた。こうして、宇宙ステーション「ミール」は南太平洋上空で炎に包まれて最期を迎えたのだ。

ここで、ミールが誕生した経緯を見てみよう。きっかけは米国が月面着陸を成功させた後、つまりソ連にとって暗黒時代にあった。なんとしても面目を保ちたいソ連は、宇宙ステーションの建造を優先した。その目的は、地球の上空を恒久的に占有し、微小重力実験や、ソ連軍にとって非常に重要な地表の観測を行うことだった、とされている。

米国が1972年に最後の月面歩行を行う8カ月前、ソ連は世界初の宇宙ステーションとなる「サリュート1号」を打ち上げた。それから14年後、「ミール」は初のモジュール式宇宙ステーションとして誕生。2回目以降のミッションで、合計6つのコンポーネントがミールに追加された。

米国では、米航空宇宙局(NASA)が独自の宇宙ステーションを切望していた。しかし、スペースシャトル計画が予算の大半を消費していたため、唯一の希望はその費用を支払うのを助けてくれるパートナーを見つけることだった。そのパートナーとなったのが「ミール」を送り出したソ連だ。

当時のソ連は、自国の宇宙計画の費用を捻出するのにも苦労していた。事実、1989年にソ連経済が苦境にあったとき、ミールにいたクルーは、自分たちは地球に戻れるのか不安に感じたという。

1993年、ロシアと米国は共同で国際宇宙ステーション(ISS)計画を発表した。これで理屈上は、両国が資源と専門知識を新たな宇宙ステーションに注ぎ込むことになる。この合意によってISSの建設は確実となったが、一方でNASAは、資金力のないロシアが分担金を支払えるはずがないことを最初からわかっていた。

「議会は、NASAがロシア側に資金を渡すことを厳しく禁じていました」と、当時NASA監察官事務所の上級特別捜査官だったジョゼフ・ガセインズ氏は言う。「ただしNASAが、ロシアの尽力に対価を支払うことは可能でした。そこで、こちらから相手に何億ドルも支払って、ミールに米国の宇宙飛行士を搭乗させてもらうことにしたのです」

現在はヒューストンで弁護士をしているガセインズ氏は、NASAがミールに次々と宇宙飛行士を送り込むところを間近に見ていた。ただしミールの中は、パイプの漏れ、電子機器のショート、カビの繁殖といった、悪夢のような環境だった。

「NASAがロシアにこの金を支払い続けた唯一の理由は、そうすることで相手にISS建設のタイムスケジュールを守ってもらうためです」

結局、米国はあわせて15億ドル(現在の金額で約1630億円)をロシアに対して支払うことになった。

米国から最初にミールに搭乗した3人、ノーマン・サガード氏、シャノン・ルシッド氏、ジョン・ブラハ氏は、1995年と1996年に比較的平穏な滞在期間を過ごした。1997年1月にスペースシャトルに乗ってミールを訪れた医師のジェリー・リネンジャー氏も、同じような経験を期待していたに違いない。ただ、その1カ月後、リネンジャー氏は、危うく米国初の宇宙での犠牲者になりかけたのである。

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