ジブリらしさ、初フル3DCGアニメでも 宮崎吾朗監督
ゴールデンウイークに、国内制作では『思い出のマーニー』(2014年)以来7年ぶりとなるスタジオジブリ作品が劇場公開される。宮崎吾朗監督の『アーヤと魔女』だ。全国で約300館の大規模公開となる。
ジブリお得意の魔女が出てくる本作の原作は、『魔法使いハウルと火の悪魔』の作者ダイアナ・ウィン・ジョーンズの遺作。主人公は、「子どもの家」で育った10歳の少女・アーヤ(声・平澤宏々路)。ド派手な女ベラ・ヤーガ(声・寺島しのぶ)と不機嫌な長身男マンドレーク(声・豊川悦司)に引き取られるが、実はベラ・ヤーガは魔女。魔法を教えてもらう交換条件で手伝い始めたアーヤだったが、なかなか思い通りにならない状況に、使い魔の黒猫・トーマス(声・濱田岳)とともに反撃を始めるという楽しいファンタジーだ。
ジブリらしい企画だが、従来の作品とは大きく異なる。まず、ジブリ初のフル3DCGアニメーションであること。そして制作スタッフの多国籍化だ。
また、昨年12月30日にNHKにてテレビ放送され、日本での公開に先んじて2月4日から北米公開、大手配信プラットフォームHBO Maxで配信の後、満を持しての日本公開は、これまでの流れとは真逆。NHKでの放送は、吾朗監督が14年にNHKで手掛けた初テレビシリーズ『山賊の娘ローニャ』による縁だが、ユニークな順番になった。
英語や中国語が飛び交うスタジオ
ジブリ初のフル3DCG作品ということもあり、制作期間は準備も含め3年半。長丁場となったのは、スタッフや環境を全てゼロから組み立てたためだ。3DCG制作は協力会社だけでなく、ローニャのアニメーションディレクターだったマレーシア出身のタン・セリ氏に参加してもらい、彼を中心にネット経由でワールドワイドなスタッフが結集。コロナ禍前からリモート体制でやりとりし、佳境のスタジオでは英語や中国語など各国語が飛び交ったという。
「テレビのためにスタートした企画で、3DCGは初体験。『ローニャ』もCGでの制作でしたが、セルルック(2D制作のアニメに見えるような3DCGの手法)で背景は手描き。そのためその経験は役に立たないわけです。そうは言ってもジブリで作るのだから、絵も音も音響含め映画館で上映できるクオリティーで制作し、テレビ用に調整するという順番で作っていたので、劇場公開が決まったのは素直にうれしかったですね」と、宮崎吾朗監督は語る。
心掛けたのは「3DCGでどうやったらジブリらしい絵作りができるか。方法は違っても目指すものは同じだと感じてもらいたい」(吾朗監督、以下同)。
例えば髪の毛。実写のようなリアル表現もできるが、「慣れ親しんだ2次元のニュアンスをどう出すか。ちょうど、人形アニメーション『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』(17年・ライカ)のアメリカ人スタッフがクボの人形を持ってスタジオに来てくれて、その人形の髪の毛を固まりで造形しているのを参考にしました」。
リアルすぎないジブリらしさ
また、3DCGでは、キャラクターが壁を突き抜けたりするバグが起きがちだが、それをあえて呪文や魔法などのマンガっぽい演出に活用した。表情がコロコロ変化するアーヤは、複数のアニメーターがそれぞれ得意な表情を担当し、生命力にあふれた魅力的な性格にまとめあげるなど、造形からしぐさまで"ジブリらしい"3DCGに仕上げている。
放送後、小学生以下の女子からたくさんの手紙が届くなど、中心の視聴者は子ども。だが、原作にはないカッコいいアーヤの母の姿や、カセットテープ、ロックバンドといったエピソードも追加され、大人世代へのフックも多い。
「ベラ・ヤーガとマンドレークは、多分僕ぐらいの年齢で、家に引きこもり、2人して不機嫌です。そこにアーヤのような若い子が来ることで、何かが変わっていく…。今の社会もそうですが、若い世代が頑張れたり力を発揮できるようにするのが大人の役目。若い子がいることで、大人の側が成長したり変化するものなのだろうなと。そんな思いもあって、幅広い層に届く要素を盛り込んでいます」
劇場版のクオリティーで作りあげた本作だけに「音響にしても、ジブリ史上、1番サブウーファーが鳴っているとか、魔女の作業部屋の薄暗がりにあんなものがあるとか…。テレビで見る以上に、劇場で見るともっと新しい発見や面白さがあると思うんですよ」とのこと。
3DCGでもパッと見てジブリ作品だということが伝わってくる作風や、まだまだ広がりそうな物語。世界的にも主流のフル3DCGで制作された新世代の本作。ジブリの未来をどう変えていくか、その試金石といえそうだ。
(ライター 波多野絵理)
[日経エンタテインメント! 2021年5月号の記事を再構成]
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