――おふたりの子ども時代のことをお聞かせください。科学との接点になったのはどんなことでしょうか。

玉尾 僕は香川県の西の端で昆虫少年をしていました。

浅島 昆虫少年? 僕もですよ。新潟県の佐渡島でチョウチョやトンボ、甲虫の標本をつくっていましたから。

玉尾 僕はチョウチョばっかりでした。四国のチョウチョはほとんど採集したかな。国蝶(こくちょう)のオオムラサキを見つけられなかったことが一番悔しい思い出。あとイシガキチョウをとり逃がしたことも。

浅島 僕はルリタテハがとりたかったけど、なかなか難しくてね。飛び方が独特なんだよね。

玉尾 四国にはいましたよ。るりのような青色をしたタテハチョウ。きれいですよねえ。

浅島 僕はトキ(学名ニッポニア・ニッポン)の生息地が佐渡だけになってしまったとき、どうしても野生のトキを見たくて、おじさんと野宿したことがあったんです。松原の近くで明け方に見た姿は、本当に朱鷺色(ときいろ)でね。きれいでしたよ。当時すでに絶滅すると言われていましたが、どうしてもこの美しいトキを残したいと思ったんです。それをきっかけに生物種が個体を残し続けるためには、どのくらいの数が必要なのか考えるようになりました。研究に関心を持ち始めたという意味では、非常に大きな体験でした。

生物学五輪「IBOチャレンジ2020」のメダル。デザインは金(中央)がむかわ竜(学名カムイサウルス・ジャポニクス)、銀(左)がトキ(同ニッポニア・ニッポン)、銅がヤブツバキ(カメリア・ジャポニカ)=大西成明撮影、第31回国際生物学オリンピック2020長崎大会組織委員会提供

恩師は人生の宝

玉尾 僕に科学の魅力を教えてくれたのは、地元の三豊(みとよ)中学校の理科担当で、3年間担任もしてくれた岡武雄先生でした。植物採集をしていた先生で、元気はつらつ、全力で我々を導いてくれた。しかも、かっこいいんですよ。週末になると、岡先生とクラスみんなで自転車旅行にでかけ、自然に親しみました。先日、99歳になられましたけど、岡先生を囲む同窓会は今でも続いているんです。

浅島 玉尾先生の話を聞いて、僕も地元の金沢中学校(現・金井中学校)で理科を教えくれた本間イツ子先生を思い出しました。僕らが本間先生に「どうして」って聞くと、いつも「自分で考えてごらん」と言われて。もう90歳になられますが、やっぱり本間先生を囲むために、みんな集まるんですよ。僕は本間先生みたいな先生になりたくて、東京教育大(現・筑波大)に入ったんです。

玉尾 どの時点で、研究者の道に?

浅島 教育実習でしょうね。東京都内の高校で、僕は自分が面白いと思うことを一生懸命教えようとしたんだけど、あまり興味をもたれなくてね。ある生徒なんか「ちゃんと授業をやってください」って。

玉尾 大学受験のための授業をやってほしいという感じだったんですか。

浅島 そういう感じです。僕が求めているものと、生徒が求めているものが違ったんです。それはともかく、恩師というのはありがたいものですね。みんな影響を受けて(勉強を教えられただけでなく)育てられたんだ。そういう先生に会えたことは人生の宝ですね。

玉尾 本当に。六十数年たっても、色あせない宝ですね。

(つづく)

(構成 天野豊文 撮影 瀬口蔵弘)

◇  ◇  ◇

情報五輪は金2銀2、数学は銀5銅1

毎年7分野で開かれてきた「国際科学オリンピック」だが、2020年度はコロナ禍のため地学・地理・物理の実施が見送られ、化学・生物学・情報・数学がリモート開催となった。

【2020年化学・生物学・ヨーロッパ物理五輪の日本代表成績はこちらの記事から】

20年9月の情報五輪(ホスト国シンガポール)では日本代表4人のうち2人が金メダル、2人が銀メダルを獲得。金は松尾凜太朗(まつお・りんたろう)さん(麻布高2年)、米田優峻(よねだ・まさたか)さん(筑波大駒場高3年)、銀は星井智仁(ほしい・ともひと)さん(筑波大駒場高3年)、米田寛峻(よねだ・ひろたか)さん(開成高)が受賞した。

同月の数学五輪(同ロシア)には日本代表6人が参加。銀メダルは5人で、渡辺直希(わたなべ・なおき)さん(広島大付属高3年)、神尾悠陽(かみお・ゆうひ)さん(開成高2年)、石田温也(いしだ・あつや)さん(洛南高3年)、馬杉和貴(ますぎ・かずき)さん(洛南高3年)、宿田彩斗(しゅくた・あやと)さん(開成高3年)が受賞。平山楓馬(ひらやま・ふうま)さん(灘高3年)が銅を獲得した。

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