アラン・デュカス氏と発泡日本酒開発 山梨銘醸の一手
世界で急増!日本酒LOVE(31)
「七賢(しちけん)」ブランドを国内と海外9カ国・地域で展開している山梨銘醸(山梨県北杜市)。今年3月下旬には、国税庁協力のもと世界的に知られるフレンチの巨匠、アラン・デュカス氏とコラボして開発した発泡日本酒の新商品「Alain Ducasse Sparkling Sake」(アラン・デュカス スパークリング サケ/税込み5,500円 720ml)を披露した。
シャンパンと同じ瓶内二次発酵のスパークリング(発泡)日本酒で、ぜいたくな貴醸酒の製法を採用したり、桜樽(たる)で熟成させたりと前代未聞の画期的製法を用い、フレンチにも合う独自の味わいに仕立てた。
北杜市内で3月21日に開催された記者会見には、デュカス氏もフランスからオンラインで参加。新商品で乾杯し、「とっても満足しています」と満面の笑みを浮かべた。デュカス・パリのエグゼクティブ・シェフ・ソムリエのジェラール・マルジョン氏も「これは私がまさに望んでいたもの。技術的にも興味深く、リンゴ酸を使った発酵手法はワインの世界でも独特。これを日本酒に用いたのは画期的で、ブラボー」と称賛した。
「七賢」といえばスパークリング日本酒が代名詞となっている。北杜市白州町にある唯一の蔵として、甲斐駒ヶ岳のたぐいまれなる名水の恩恵を受け、これまで8種もの瓶内二次発酵のスパークリング日本酒を開発してきた。同社専務で醸造責任者の北原亮庫氏も「今回の新商品はこれまでの集大成」と胸をはる。
その過程にはもちろん苦労もあった。「デュカス氏側からの要望は次から次にきた。中でも印象に残るのは"日本らしいもの、世界の美食家が納得するものを"というリクエストだった。世界が納得するレベル、とはまさしく(本物を追求する)アラン・デュカス ブランドならでは、と背筋が伸びた」と北原専務は振り返る。
通常、日本酒は水と米と酵母で造る。醸造の最終段階で水の代わりに日本酒を用いるのが貴醸酒の醸造手法で、今回はそれを採用。一般的に貴醸酒はリッチな味わいが楽しめる高級酒として知られるが、甘い印象が付きまとう。そこで「キリッと爽やかな味わいを表現するためにリンゴ酸を生成するような酵母を今回、活用した」(北原専務)という。
タンク発酵と瓶内二次発酵において、別々の酵母を用い、「米由来のうま味をとどめつつ、果実味のある酸味も感じられるように仕上げた」(北原専務)。酒の樽熟成といえば、オーク樽などが一般的だが、繊細で上品な香りがする桜樽で熟成させることで、日本らしさの表現にもこだわった。
記者会見後に開催されたパネルディスカッションでは、日本ソムリエ協会の田崎真也会長がテイスティングした感想を、こうコメント。「キンモクセイやキンカンのような香り、そしてわずかに桜樽から来ていると思われる白ゴマのような香りも加わり、味わいは果実の印象でまろやか。酸味により甘味が上品になり、後味の余韻が長く続くので、もう一杯飲みたい印象にかられる。従来のスパークリング日本酒に一石を投じるお酒だ」と。
国内では、ミシュランガイド東京に2016年から2つ星レストランとして掲載されている「ベージュ アラン・デュカス 東京」(銀座)で4月下旬から提供予定になっているほか、アラン・デュカスの他の国内外レストランでも順次、楽しめるようになるという。
北原専務の兄で山梨銘醸の北原対馬社長は米国に約3年間住み、ロサンゼルスやニューヨークなどでお酒の営業などを経験しており、2002年より「七賢」の海外輸出を推進。さらに「国内の日本酒消費が低迷する中、アルコール消費の約60%がビールなどの炭酸ガス飲料という市場分析データをもとに、2014年からスパークリング日本酒の開発に注力してきた」(北原社長)。
かつては微発泡・低アルコールタイプの甘めのスパークリング日本酒をかつては手がけたこともあるが、競合が激しかった。そこで、製法として難易度が高い瓶内二次発酵による高付加価値のスパークリング日本酒の開発にシフト。現在は瓶内二次発酵のスパークリング日本酒だけで、売り上げの2割を占めるほどになった。
2016年には同じ北杜市白州の地にあるサントリー白州蒸溜所のウイスキー樽で熟成させたスパークリング日本酒「杜ノ奏」(税込み11,000円 720ml)を、2017年には仕込み水の代わりに自社の純米酒「風凛美山」を使ったスパークリング日本酒「空ノ彩」(税込み3,300円 720ml)を相次いで発売。瓶内二次発酵という高度な技術に加え、樽熟成や貴醸酒製法によるスパークリング日本酒は以来、同社の高度な醸造ノウハウの一つになっている。
「世界のシャンパンの消費量を考えると、同じようなクオリティーのスパークリング日本酒の市場性は非常に期待できる」と北原社長は考えている。
同社の海外輸出は売り上げの約6%を占めるが、輸出先のメインは東南アジア。中国・台湾・香港を中心とした中華圏には、社長自ら中国語を学ぶなど積極的に取り組んでいる。一方で、ブランディング先としては欧米、特にフランスに注目し、今回のデュカス氏とのコラボが実現。今後、フランスを中心に欧州をはじめアラン・デュカスのレストランがある香港やシンガポール、ニューヨークなどで「七賢」ブランドの認知度アップを期待する。
中華圏では「七賢(チーシェン)」の名で、欧米では「seven wisdom(7つの英知)」の名で親しまれている同社だが、現在のところ海外で人気なのは純米大吟醸や純米吟醸、純米酒の3種。「これら3種が人気なのは技術の高さに加え、価格競争力もあるから。これらとはまた別のカテゴリーで、スパークリング日本酒の輸出にも積極的に挑戦していきたい」。いずれは海外輸出が売り上げの5割を占める時代がやって来るはず、と北原社長は将来を見据え、青写真を描く。
コロナ禍の影響を受けているのは同社も例外ではないが、北原社長は動じない。「これまで新幹線に乗っているような人生だったが、コロナ禍で普通列車に乗り換えた気分。中国への社員派遣が保留になるなど影響はあるが、戦時中と比べれば、よっぽどマシ」と冷静に分析。「私はあと約30年、会社人生が続く。その30年のうちに、また同じような危機が来るだろう。今回の経験をそのときに生かしたい」と話す。
約300年続く蔵元の13代目は、凛(りん)として前を向く。白州のテロワールを生かした、みずみずしさにあふれ、柔らかく透明感がある酒造りの伝統を継承しつつ、未来に向けた革新を忘れない。
(国際きき酒師&サケ・エキスパート 滝口智子)
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