――高校バスケ部ではなく地元の社会人チームに参加していたそうですが、大人たちはどんな様子でしたか。

「社会人の人たちが、つらい時期でも必死に時間をつくってバスケをしている姿を見て、スポーツってこういうものだよなと、すごく思いました。いつも使う体育館が被災したチームがあったら、こっちの体育館で一緒に練習しようよ、と。いろんなチームが集まって、バスケって楽しい、これでまたあしたの仕事を頑張ろう、みたいな感じでした」

「僕もいろんな体育館を転々としながら、週5でバスケをしていました。電車ではバスケのボールとシューズを手にした(約190センチの身長がある)デカい人と(他の乗客に)覚えられていたみたいです」

――筑波大学(茨城県つくば市)に一般受験で進学。故郷の北茨城を離れるとき、どんなことを感じましたか。

「両親への感謝を感じました。そして、絶対にバスケで成功してやろうという気持ちで家を出たのを覚えています。プロになりたい思いがありましたから」

「筑波大を選んだのは、関東の1部リーグ所属で一般学生も必ず入れる男子バスケットボール部があったからです。そこで1年生の夏にAチーム(1軍)に選んでもらえました。人生で初めてバスケで評価された瞬間なんですよ。部活ではなく、違った試行錯誤をしてきたポテンシャルを買われた部分が大きかったんですけど」

――チームは4年間で3度の大学日本一。トップチームでの経験はご自身に何をもたらしましたか。

「挫折ですね。あまり出場機会を勝ち取れなかったことの挫折。そして、そこで心が折れながらも最終的に上を向く力。自分より圧倒的に才能がある選手を目の当たりにしましたが、それでも自分がうまくなる過程やサイクルそのものはすごく楽しくて。バスケは僕にとっての自己表現であり、自分らしさを感じさせてくれるものだと思ってます」

「夢はNBA」の自分がいた場所

3人制バスケットボールをプレーする大友さん(2020年1月、東京・品川の大森ベルポート)(C)ma76bball

――プロでのプレーや五輪代表をめざした経験を経て、現在は滋賀レイクスターズの練習生。直近の目標は。

「Bリーグ復帰です。そして試合に出て、3x3で培ったいいものを見せて、数字を残したい。もちろん3x3で24年パリ五輪をめざすことも考えています」

――遠く離れた滋賀県での生活。故郷のためにも頑張るという意識はありますか。

「僕はそういうことは考えないです。僕は僕のために必死にやります。もしそれが地元の方々の目にとまって、こいつ頑張ってるなくらいに思ってくれたらいいなとは思っています」

――故郷は他の土地と何が違いますか。

「心の感じ方が違うんです。自分の原体験が集まっている場所で、その思い出がよみがえってくる。そして、当時の気持ちを抱えたままちゃんと生きてるかって、再確認させてくれる場所かもしれないですね」

「バスケを楽しむ父をみて小3で自分も始めたころは、純粋にバスケが好きで、うまくなりたいとしか考えていなかったと思うんです。笑われるかもしれないけど『将来の夢は(米プロバスケットボール)NBA』って書けるほどの無敵状態。現実の壁にぶち当たって挫折を感じても、その思いを持ち続ける選手がどんどん上に行っている感じがするんですよね。自分にブレーキをかけてしまわないためにも、すごく大事な気持ち。それを(故郷は)思い返させてくれるんです」

(聞き手は天野豊文)


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