LIFULL社長 問うのは成果、働き方は押しつけない
LIFULL井上高志社長(下)
不動産情報サイト「ライフルホームズ」を運営するLIFULL(ライフル)は新型コロナウイルス禍を機に、リモートワークを推進。同社は観光地やリゾート地で休暇を取りながら働く「ワーケーション」施設も運営しており、自社の社員も全国の拠点での在宅勤務が可能だ。前回の「LIFULL社長 ワーケーション、生産性『見える化』が鍵」に引き続き、白河桃子さんが、ワーケーションの効用や狙いを井上高志社長に聞いた(以下、2人の敬称略)。
正社員の給与を一律10%アップ
白河 前回に引き続き、ワーケーションについてお伺いします。私も実際に体験して、「目の前が海」という景色の違いだけで、ずいぶんと前向きな気持ちで仕事に取り組めました。
井上 「視界に入る植物のグリーンの割合が10%を超えると幸福感が上がった」と報告する論文もあるんですよ。リモートワークによって業務が効率化する、リフレッシュするための移動時間がかからないといった「合理」の面と、自然豊かな環境で幸福度が高まるという「情理」の面で、ワーケーションは生産性向上に寄与するものだと思います。
とはいえ、どんな環境でパフォーマンスが上がるかは、人によって異なります。重要なのは、「選択の自由」があること。あちこちでいろいろな働き方を試しているうちに「自分にはここが合いそうだな」と見つかったら、そこで働く時間の割合を増やしていけばいいですよね。「毎日午前9時から午後6時まで出社しなさい。この機材とソフトウエアを使いなさい」と一律で働き方を押し付ける時代は終わりを迎えています。「こうすべき」という枠を取り払って、それぞれの個人が心地いい状態で最もパフォーマンスの出せるやり方をつくれたらいい。会社はその支援をする存在だと思います。
白河 選択肢を増やすことに注力してきたのですね。
井上 はい。その結果、細かなルールも変更しました。この1年での変化でいうと、出社を原則としなくなったので、通勤定期代の支給を廃止して、実費精算に移行しました。全国各地にありワーケーションに利用できる施設「LivingAnywhere Commons(リビングエニウェアコモンズ、以下LAC)」への移動交通費も経費として承認しています。また、在宅勤務の環境整備のために必要な通信費や光熱費を支給するルールとしては、個別精算方式だとかえって煩雑になると判断し、正社員の給与を一律10%アップすることにしました。
一連の施策によって、「働き方の選択の自由がある。あなたが最もパフォーマンスが上がる働き方を選んでいい。同時に、モニタリングされているから、手を抜いたら分かりますよ」という状態になっています。
白河 納得感がありますね。LACを利用する社員の方はどのくらいいるのでしょうか。
井上 2020年8月から12月にかけては延べ350人の社員が利用し、その多くが家族やパートナーも同伴で利用しています。滞在期間は平均で4泊5日、最長で1カ月でした。利用後の感想もアンケートで取っていますが、ポジティブなものが多いですね。「精神的に健康になれた」「規則正しい生活リズムが整った」「人生を再考する機会になった」など。あと、「会社に対して愛着がわいた」というコメントもありました。マネジャークラスからも好評でした。
どこでも働ける時代、行く意味が重要
白河 地域の人との関わりや魅力的なコミュニティーとの出会いで、自分の世界を広げられる価値を感じる人が多いのではないでしょうか。結果として、その機会を提供してくれる会社に対するロイヤルティーも上がるということですね。ワーケーションは、先ほどおっしゃっていた「いかに『過去の貯金』を越えられるか」という課題の答えにもなりそうです。一方で、ワーケーションの体験の質そのものを高める工夫も必要になると思います。例えば、地域の人との交流を促すための仕掛けについては、どう工夫をしているのでしょうか。
井上 はい。それぞれの拠点には、その地域で雇用した専任のコミュニティマネジャーを置いています。地元の人がハブになることが重要です。地元の人とコミュニケーションを重ねるうちに、その地域の課題についての理解も深まり、「自分にも何か貢献できることはないだろうか」「もしかしたら自分の事業の中でプロジェクト化できるかもしれないな」と発想につながることも少なくありません。実際、この半年だけでワーケーションがきっかけで法人設立した案件が3件も出ています。
白河 3件も。すごいペースですね。
井上 ワーケーションの価値を高める視点で、もう一つ。どこでも働ける時代だからこそ、「そこに行く意味」が重要になってきていると感じています。ハードだけでなくソフトの魅力の創出、それもビジネスとつながる魅力を積極的につくる姿勢が重要です。ワーケーションという言葉に込められる意味の中に、ワーク「+ロケーション」「+コミュニケーション」「+コクリエーション」といった要素も加えていく。「+バケーション」だけでは、企業としてはなかなか取り組みづらいのが現実ですので。
「ワーケーションで、何するの?」と聞かれて「ワカサギを釣りたいんです」と答えるのでは、「じゃあ、有休で行ってきてよ」と返されるかもしれませんが、「実はこういう社会課題に関心があるので、地域のキーパーソンに会ってきます」と言えたら、会社としても送り出す意味を見いだせるはずです。
白河 地方創生という社会全体の課題の解消にも貢献しそうです。
井上 おっしゃる通りです。少子化が進む日本では、1741ある自治体が移住人口を取り合っても仕方がない。人の流れを活性化して、関係人口・交流人口を増やしていくほうが理にかなっているはずです。自治体からもいい反応をいただいていますし、働き方の自由化と地域課題の解決は非常に相性がいいという感覚をつかんでいます。
コロナを機に「東京以外で暮らす」という選択肢を広げる人は増えていることも、これからの働き方の常識を変える追い風になると思います。LACは一般の利用も伸びていて、コロナ前と比べて5~6倍に。若い世代のほうが敏感に反応していて、全体利用者の8割が20~30代、特に女性が多いですね。IT(情報技術)企業が渋谷や六本木にオシャレなオフィスを構えたのは採用力を高めるためだと見ていますが、今後はむしろ「出社前提の働き方はしたくない」という価値観が広がっていくはずです。
働き方の選択肢を用意しないと社員に選ばれない
白河 働き方の選択肢をどれだけ準備できるかが、企業の採用力を左右する時代になりそうですね。
井上 選ばれる会社と選ばれない会社と、シビアに二極化が進むでしょう。当社がずっと大切にしてきたのは「内発的動機」を促進する環境づくりです。本人があまりやりたくないことを、「これをやり遂げたら部長にしてやるから」と外発的動機で引き寄せる働きかけでは、長続きはしません。内発的動機が発揮されるために、やりたいことに挑戦できる安心安全な環境を整え、選択の自由を提供する。その結果、「日本一働きたい会社」として表彰されるまでになれたので、今度は我々が蓄積したノウハウを、社会に対して提供していく。それが事業としてワーケーションに取り組んだ理由なんです。
白河 今後も働き方の選択肢を積極的に広げていく計画ですか。
井上 はい。現在14ある拠点を、今年中に25まで増やしたいと計画しています。また、場所に縛られない働き方の実現を目的としたプラットフォーム構想「LivingAnywhere WORK」のビジョンに賛同いただいている企業や自治体は現在140を超えていますが、これも将来的に1000まで増やす目標です。ワーケーションに関する勉強会の機会を提供したり、使っていない保養所をLACとして利用したりする連携をとっていきます。
白河 ワーケーションという新しい働き方を一度でも体験する人が増えると、社会全体の意識も変わっていくでしょうね。内閣府の20年調査でも、テレワークを実際に体験した人のワークライフバランス感覚、キャリア観が変化しているという結果が出ていました。いくら言葉で言われても、体験に勝る意識変革はないのだと思います。テレワークやワーケーションが広がっていくことで、日本の働き方のパラダイムシフトが加速しています。
井上 私は、「15年後には会社はなくなる」という仮説を立てているんです。重厚長大な製造業やインフラ産業を除いて、大半のサービスは個人がそれぞれの能力を持ち寄って請け負う形に変わっていくと思います。その時に、選ばれるコミュニティーになれるかどうかが、今の経営者が考えるべきテーマなのでしょう。コロナを機に、新しい働き方へと突き進むのか、元に戻ろうとするのか。この選択が大きな分かれ目になるだろうと考えています。
白河 企業にとって「オフィス」の価値も揺らいでいます。今日おじゃました御社のオフィスは、すてきなイベントスペースや食堂も併設されていますよね。テレワークやワーケーションの割合が増えていった先に、このオフィスの活用はどう考えていますか。
井上 私のイメージですが、当社のオフィスはゆくゆく「祭り」の会場にしていきたいと思います。日常業務は在宅で十分にできるので、オフィスに集まるときはそれなりの理由が必要です。ハレの日にふさわしい、特別なチームビルディングイベントや祝勝会を企画する、そんな祭りの場にしていきたいですね。
白河 仕事に関する「場」の意味や価値がどんどん進化していきそうですね。貴重なお話をありがとうございました。
あとがき:新型コロナウイルス禍となってすでに1年以上。「緊急事態だから」という今をしのぐだけの働き方から、生産性や成果に直結する働き方への模索が進んでいます。同時にコロナ下のストレスが、仕事やメンタル、会社へのロイヤルティーにも影響するという調査も出ています。だからこそウェルビーイング(主観的幸福)が注目されている。社員を管理するのではなく、社員の選択肢を広げることで「生産性が上がる」ことを客観的にモニタリングしているライフルの試みに今後も注目していきたいです。
昭和女子大学客員教授、相模女子大学大学院特任教授。東京生まれ、慶応義塾大学文学部卒業。商社、証券会社勤務などを経て2000年ごろから執筆生活に入る。内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員、内閣府男女局「男女共同参画会議専門調査会」専門委員などを務める。著書に「御社の働き方改革、ここが間違ってます!残業削減で伸びるすごい会社」(PHP新書)、「ハラスメントの境界線」(中公新書ラクレ)など。
(文:宮本恵理子、写真:吉村永)
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