LIFULL社長 ワーケーション、生産性「見える化」が鍵
LIFULL井上高志社長(上)
不動産サイト「ライフルホームズ」を運営するLIFULL(ライフル、東京・千代田)は新型コロナウイルス禍を機に、リモートワークを推進。同社は観光地やリゾート地で休暇を取りながら働く「ワーケーション」施設も運営しており、自社の社員も全国の拠点での在宅勤務も可能だ。従業員自らが働き方や働く場所を選択できることで生産性が向上したという。白河桃子さんが、働き方改革とワーケーションの効用や狙いを井上高志社長に聞いた(以下、2人の敬称略)。
テレワークで生産性が向上
白河 御社は、2008年から「日本一働きたい会社プロジェクト」に取り組み、17年には「ベストモチベーションカンパニーアワード2017」(リンクアンドモチベーション主催)の1位に選出された実績もあります(旧社名「ネクスト」として受賞)。最近は場所の制約に縛られない働き方を推進し、その価値をワーケーション事業に発展させているそうですね。新型コロナウイルス(以下コロナ)の影響で、リモートワークも急速に進んだそうですが、その経緯を教えてください。
井上 在宅勤務に関してはコロナ前から導入していたのですが、基本的には育児や介護などの特別な事情を抱える社員を対象にしたものでした。それを全員対象に切り替えたのが20年3月初旬で、4月以降は「原則は在宅勤務で。ただし、週に1回は出社を推奨します」という方針でやってきました。この週1回の出社というのは、チームで日程を調整して顔を合わせる機会という位置付けです。
白河 働き方改革の成否は、制度が変わるだけでなく、働く人の「マインド」が変わるかがポイントと思っています。御社の場合、マインドの変化はありましたか。
井上 大きく変化したと思います。特に経営陣の意識が変わりましたね。テレワークの最適なペースについて、以前からフルリモートを希望する声があったものの、「北欧の実験で、テレワークは週2日がベストだというエビデンス(根拠)もあることだし、多くても週2日までだろう」という考えで一致していたんです。ところが、コロナによっていや応なく原則テレワークに切り替えた結果、何も不具合は起きていない。「十分にできるね」と意識がガラリと変わりました。
白河 やってみたら、できることに気づいたということですね。
井上 できるどころか、このほうが生産性が上がることを発見できたんです。特に当社はエンジニアが多い会社ですので、「在宅のほうが一人で集中して開発に没頭できる」と好評で、非常に生産性が上がったことは経営としてプラスでした。営業系もこれまでは訪問が原則でしたが、コロナ下ではお客様の理解も一気に進み、オンライン商談の割合が増えました。移動時間がまるまる減って、その分、営業活動に時間を充てられるので、生産性は軽く 2倍に上がりました。
白河 2倍はすごいですね。特に不動産業界は対面主義なのに。
井上 就業時間における移動にかける時間の割合を測ってみると、想像以上に大きいんです。当社の分析では、営業の社員はだいたい4割くらいを移動に費やしている。その4割を本来やるべき仕事に充てることができ、また、オンラインの利点を活用して遠隔で新規顧客も開拓できます。すると、単純に生産性は 2倍になるんです。
ただし、懸念もあります。原則テレワークに切り替えても問題なく業務が進むのは、これまで「日本一働きたい会社を目指すぞ」と一丸となってさまざまな施策を打ち、活発なコミュニケーションを大切にしてきた土台があったからこそだと考えています。
違う環境での情報や出合いがアイデアになる
白河 過去の貯金があったからこそ可能だったと。
井上 おっしゃるとおりです。これまで積み重ねてきた社内の信頼関係の残高が今は十分にあるから大きな問題は起きていませんが、3年、5年とこのまま続けていくと、おそらくウエットな人的結びつきが剥離するリスクはあると感じています。それをどう補完していくかを課題と考え、新たなコミュニケーション方法を試行錯誤しているところです。例えば、「Zoom(ズーム)」などのビデオ会議システムのほか、ボイスチャットや音声SNSなど、新しいツールが出るたびに試しています。目的が決まった会議や打ち合わせだけでなく、緩やかな雑談はやはり大事ですね。
白河 コミュニケーションツールの進化が早い環境では、「いろいろと試して、ダメだったら次に移ろう」という柔軟な姿勢で臨むほうがいいですよね。
井上 そう思います。役員やマネジャーは「これまで以上に、自分の言葉で語りかけることが重要だ」と、動画付きの情報コラムを配信したり、新しいコミュニケーションにチャレンジしたりする人が多いようです。私も毎月4本程度、社員向けに動画を配信しています。個人的に関心があるのは、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)の技術です。最近は高性能なヘッドセットも安価で手に入るようになり、ゴーグルをつけるだけで非常に鮮明でリアルな360度動画に没入できるのです。「これを使ってリモート会議をするのはどうか? どんな事業ができるだろうか?」と構想しています。
白河 不動産業界ですと、「バーチャル内見」も今後は増えそうですね。
井上 まさに当社も開発中です。国内だけで500万件、海外も含めると 2億件になる不動産情報について、2次元の間取り図をAI(人工知能)を使って自動で3D化するという研究開発を進めているんです。VRゴーグルを装着して間取り図を見るだけで、現地に行かなくても「ベランダから見た眺望はこんな感じなんだね」とわかるようになります。ほぼ自社開発で、すでに8~9割できあがっています。
白河 面白いですね。技術の進化で、これからの働き方も暮らしもビジネスも劇的に変わっていくのでしょうね。御社の事業の中でぜひ伺いたいのが「ワーケーション」への取り組みです。ワーケーションとは、ワークとバケーションを組み合わせた言葉で、ICT(情報通信技術)を活用しながらリゾート地など普段の職場とは異なる場所で働き、地域の魅力に触れる取り組みのこと。新しい働き方の一つのスタイルとして注目が集まっています。先日、「ワーケーションの聖地」と呼ばれる和歌山県白浜町で開催されたイベントに参加し、御社の事業責任者、小池克典さんのお話を聞きました。「ワーケーションによって生産性も上がる」というお話が非常に興味深かったです。
井上 ワーケーションには長時間の移動が伴うことが多いので、通常業務をどれだけこなせるかという単純な指標で考えると、生産性は下がるのかもしれません。しかし、普段とは違う環境の中で知り得る情報や出合いなど、アイデアの創出につながるインプットが中長期で見たときの生産性に結びついていくものと考えています。現在、全国の14拠点でワーケーションに利用できる施設「LivingAnywhere Commons(リビングエニウェアコモンズ、以下LAC)」を運営し、社員も活用しています。
白河 この施設はもともと地域にあったものを活用しているのでしょうか?
井上 はい、廃校になった校舎など使われなくなった公共施設や、民間の保養所など、遊休不動産をリノベーションして再利用しています。廃校は全国に6000校あり、放置されているところが少なくないのが現状です。自治体からも「使ってもらえるのならぜひ」と歓迎されています。
白河 井上社長もワーケーションは体験済みですか?
井上 はい。私もLACを利用してワーケーションを楽しんでいます。廃校施設のLACで仕事をした時は、音楽室に朝から12時間こもってオンラインで会議をしました。とても集中できたのですが、時々窓の外から「これから釣りに行こう」と楽しそうな声が聞こえてきて。「悔しいなぁ。絶対に金曜の午前までに仕事を終わらせて釣りに行くぞ!」と気合が入りました。遊びたい一心で、いつも以上に集中して仕事ができましたよ(笑)。
白河 なるほど。ワーケーションだと、仕事を終えてすぐにリフレッシュができますよね。私も白浜町の海辺でワーケーションを体験した時に、「仕事からバケーションまで0分」を実感して驚きました。
井上 2月の会津磐梯(福島県磐梯町)では、氷の張った湖でワカサギの穴釣りを体験しました。湖まで移動する車中の90分、秘書とのブリーフィングをこなし、ちょうど終わった瞬間に目の前に真っ白な湖が広がっていて、爽快な気分になりました。仕事とリフレッシュのメリハリをつけられて、生産性は高まると実感できました。
白河 「ワーケーションをすると、遊んでばかりでサボるんじゃないか」と誤解されがちですが、私自身も体験してみて、「濃密に働いて、濃密に遊ぶ」というメリハリを利かせられる良さがあるのだと理解できました。
井上 客観的に生産性を測れる仕組みもセットで導入するのがおすすめです。我々はコロナ前から「日時採算制」という取り組みを始めていまして、1日に取り組んだ業務の記録から「1時間あたり、何をどれだけ達成したか」という成果を見える化しているんです。それが最終的にどんなアウトプットにつながったかも測定します。ハイパフォーマーとローパフォーマーの時間の使い方を分析することで、「チーム全体のパフォーマンスを上げるには何をするべきか」と工夫するための材料として活用しています。個人の評価を目的にしていない点がポイントです。
白河 客観的な生産性の把握はいいですね。ローパフォーマーをあぶり出すことが目的ではなく、あくまでチーム全体の問題としてとらえる姿勢なのですね。
井上 そうです。この日時採算制は3年ほど前から導入して社内に浸透しているので、ワーケーションで遊びほうけてパフォーマンスが下がったとしたら、それも見える化されてしまうわけです。
白河 予防措置があるから、安心して踏み切れたというわけですね。
井上 ワーケーションを促進するのは、経営上のメリットも感じているからです。魅力ある地域で働くことは、それだけで楽しく幸福感を高めてくれます。当然、クリエイティビティー(創造性)も発揮されるでしょうし、社員のウェルビーイング(主観的幸福)向上につながると期待しています。学術的にも「働いている人の幸福度が上がれば、生産性が25%上がる」という裏付けもあるのですが、体験してみると違いは明らかです。
以下、来週公開の後編ではワーケーションの効用、社員の利用状況、地域との交流などについて、引き続き井上社長に聞く。
昭和女子大学客員教授、相模女子大学大学院特任教授。東京生まれ、慶応義塾大学文学部卒業。商社、証券会社勤務などを経て2000年ごろから執筆生活に入る。内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員、内閣府男女局「男女共同参画会議専門調査会」専門委員などを務める。著書に「御社の働き方改革、ここが間違ってます!残業削減で伸びるすごい会社」(PHP新書)、「ハラスメントの境界線」(中公新書ラクレ)など。
(文:宮本恵理子、写真:吉村永)
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