20年に実施された都市封鎖で、研究者たちは図らずも汚染源の一部が停止したときの変化を知ることとなった。イタリアのミラノにあるRFF-CMCC欧州経済環境研究所で、ともに経済学を専門とする夫妻、バレンティーナ・ボセッティ氏とマッシモ・タボーニ氏もそうだった。2人は新型コロナウイルスが同国北部を襲った春、3人の息子とともに自宅で過ごすことになった。
家に籠もる生活を送るうち、2人は大気汚染の変化に関するデータに目をとめた。
交通と産業活動がほぼ完全に停止したにもかかわらず、大気汚染はさほど改善していなかったのだ。「青空が見えてすべてが申し分ないと新聞は書いていましたが、実はそうではありませんでした」。道路や工場から離れた場所でも、PM2.5の濃度は16%、二酸化窒素は36%しか低下していなかった。人々が家に籠もっていた間も、汚染が止まらない産業分野があったのだ。農業である。
現代の工業型農業は大きな汚染源だ。欧州、米国東部、東アジアにおけるPM2.5の最大の発生源は、農業だと指摘する研究もある。大量の堆肥や化学肥料から発生するアンモニアが、大気中でほかの汚染物質と反応して微小粒子を生成する。科学者の間では以前から知られていた事実ではあるが、実際にこの現象が起きているのを目の当たりにすることで、政治が動くかもしれないとボセッティ氏は期待する。
深刻な問題を抱えるインド
大気汚染による死者が最も多いのは今も中国だが、近年はきれいな空を取り戻す動きが成果を上げつつある。反応が鈍いのはインドだ。WHOのデータベースによると、PM2.5濃度が世界で最も高い上位10都市のうち、9都市までをインドが独占している。人的損失も深刻で、早期死亡者は年間170万人近い。
インドの大気汚染の原因はめまいがしそうなほど多い。ごみは収集されず、路上でそのまま燃やされる。停電が頻繁なのでディーゼル発電機は必須だ。村の住民や都市のホームレスが調理や暖房で木材や家畜のふん、ときにプラスチックまで燃やす。農家は毎年秋になると、収穫が済んだ畑を焼く。
大気汚染は多くの生命を奪っているのに、あまりに関心が低い。個々の死亡例と関連づけることが難しく、犠牲者の顔も名前も見えてこないからではないかと、ハーバード大学のドミニチ氏は推測する。
(文 ベス・ガーディナー、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2021年4月号の記事を再構成]