PM2.5は農業から? 年700万人の死を早める大気汚染

2021/4/4
ナショナルジオグラフィック日本版

世界中で毎年700万人を早すぎる死に追いやると言われる大気汚染。軽微でも健康に害を及ぼす深刻な問題だ。ナショナル ジオグラフィック4月号では、世界の現状とその解決策を探っている。

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新型コロナウイルス感染症が世界で猛威を振るい始めたとき、米ハーバード大学の生物統計学教授、フランチェスカ・ドミニチ氏は「大気汚染が新型コロナウイルスによる死者数を押し上げるのではないか?」と考えた。大気汚染が深刻な場所に多い慢性疾患の患者は、新型コロナウイルス感染症が重症化しやすいのだ。さらに、大気汚染で抵抗力も落ちて気道に炎症が起きやすく、呼吸器症状をもたらすウイルスを撃退しにくくなる。

彼女を中心とする研究グループは、何千万人もの米国人の健康情報と、大気状態の日々の推移を2000年までさかのぼって比較できる膨大なデータプラットフォームを構築してきた。ドミニチ氏は、米国の高齢者およそ6000万人の匿名化された詳細情報を毎年入手している。ドミニチ氏とハーバード大学の疫学者ジョエル・シュウォーツ氏が率いる数十人の科学者が米国を1平方キロメートルのマス目に分割し、機械学習プログラムを駆使して、汚染物質の日々の濃度を17年間にわたって算出している。

ドミニチ氏の研究チームはこれら2種類のデータを武器に、全米で大気汚染の影響を探っているが、これまでの分析結果はかなり厳しいものだ。PM2.5(直径2.5マイクロメートル以下の微小粒子状物質)の危険性を示す証拠も数多く示された。ばい煙など、人間の毛髪の太さよりはるかに小さいこうした微小粒子は血流に混ざって体内を移動し、さらに細かい「超微小粒子」も含めて心臓や脳、胎盤で見つかっている。

新型コロナウイルスが広がり始めると、ドミニチ氏らは行動を起こした。米ジョンズ・ホプキンズ大学が発表する郡単位での死者数と、大気汚染のデータを突き合わせることにしたのだ。その結果、PM2.5の濃度が高い場所ほど、新型コロナウイルスによる死亡率も高いことが判明した。研究チームは20年12月、新型コロナウイルス感染症による世界全体の死者の15%は粒子状物質による汚染が関係していると発表した。特に汚染が深刻な東アジアでは、その割合は27%にもなる。

世界保健機関(WHO)によると、大気汚染は世界で年間約700万人を早すぎる死に追いやっているという(WHOの値より推定死者数が多い調査もある)。屋外の大気汚染が原因であることが多いが、屋内の調理用こんろの煙も無視できない原因だ。死者の大半は発展途上国の住民で、中国とインドだけで約半数を占めるものの、先進国でも大気汚染は重大な死因となっている。世界銀行の試算では、大気汚染がもたらす経済損失は年間5兆ドル(約530兆円)を超えるという。

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深刻な問題を抱えるインド