2021/3/27

震災10年・離れて今

――20年春に卒業した明治大学文学部心理社会学科ではどんな研究を。

「最終的に情報社会学のゼミに入り、卒論は福島県産農産物の風評被害について書きました。風評というと根も葉もない噂というイメージがありますが、もともと原発事故による『実害』があって、その対応から教訓を得て検査を行い、実害が風評被害に変わっていったプロセスを追いました。その克服には、著名人によるPR活動だけでなく、生産者一人ひとりが消費者と直接つながって、ほかとは違う特徴を伝えていく取り組みが必要ではないか、そんな投げかけもしました」

外で得たことを福島に

――就職先はどのように選びましたか。

「実は1年間休学して、フィールドワークしていた(原発被災地の)浪江町でまちづくり会社のインターンをしようと考えていました。しかし、ぎりぎりになって覚悟が足りず、びびってしまったんですね。住んだことのない町に入り、スキルのない自分が1年で何ができるだろうかと。それで一般企業への就活にシフトし、滑り込みで内定をいただいたのが、オフィスや商業施設に植物を生かした環境づくりを提案するグリーンディスプレイ(東京・世田谷)でした」

「私は福島への強いこだわりに縛られていたようなところがありました。もっといろんな世界を知って、そこで得たことを将来の福島に生かせるようになるほうがいいのではないかと、ようやく考えられるようになってきたかなという感じです」

菅野さんは「福島に戻りたい気持ちは、すごくあります」と語る(2021年3月6日、東京・大手町)

――福島を見る目は変わりましたか。

「(早く福島に貢献しなければという)肩の荷がふっと下りたからか、明るい前向きなニュースを素直に喜べるようになったなとは思います。群馬県の会社が浪江町の耕作放棄地でネギ栽培に取り組むといった話などを聞くと、名産品になってくれたらいいなあ、と。以前は原発汚染水など重い課題ばかりが気になっていたんです。今は大学時代のようには現地に入っていないので、課題が見えなくなっているのかもしれませんが」

――どんな環境づくりが理想ですか。

「何か催しがあるからではなく、自然と人が集まってくるような場をつくれたらいいなと。部屋の隅に観葉植物が置いてあるのではなく、(植物の)緑で壁やパーテーションができている、森みたいなオフィスってかっこいいなと思っています。いろんな植物がいろんなかたちで人間と共存できる環境が理想的ですし、そんな環境で働きたいなと思いますね」

――ふるさと自慢を。

「福島県には浜・中・会津(浜通り・中通り・会津地方と東から西へ大きく分けたエリア)があり、海山の景色、とれる食べ物、方言もそれぞれ違っていて、県内を移動するだけでも面白い。あちこちの桜もおすすめしたい。旅すればするほど、もっと知りたいと思うような不思議なところです」

「やっぱりいずれ福島に戻りたい気持ちは、すごくあります。なんでこんなに好きなんでしょうね」

(聞き手は天野豊文)