ロゴスの論理からレンマの連歌へ ネタ作り、春の一歩立川吉笑

「立川談笑一門会」で高座をつとめる吉笑さん(2020年6月、東京都武蔵野市)

この春、連歌を始めることにした。連歌と書いて「れんが」と読む。国語や歴史の授業で名前は聞いたことがあるけど、「順番に俳句を続けていく」みたいなざっくりした認識しか持っていなかった。そもそも学生時代から数学に魅了され、いわゆる理系人間である自分にとって、連歌は興味の範囲からは大きく外れていた。

突然始めたものだから、色々な人から「なんでまた連歌を?」と聞かれることがあるのだけど、きちんと説明するととても長くなる。

まず前提として僕は数学好きということの影響なのか、「論理的に正しいと思えることを積み重ねているはずが、俯瞰(ふかん)すると結果的におかしな状況に迷い込んでいる」というような状況をネタにすることを好んでいる。

原体験は「1=0.999…」

その原体験ははっきりしていて、「1=0.999999…になる」という数学の定番トピックだ。「1」と「0.999999…」は違う数値だと思うけど、ひとたび方程式を使って

x=0.999999…(1)

とすると、

両辺を10倍して

10x=9.999999…(2)

(2)-(1)より

9x=9

x=1

つまり

x=0.999999…=1

となる。

僕にとって数学の面白いところは論理的に正しい操作を続けているはずが、気づけば直感に反するおかしな結論にたどり着きうるところで、子供の頃にこの一連の計算を知って驚いたと同時に面白いなぁと感じたあの頃のトキメキを20年以上追い続けている。

ネタを作るとき、ちょっとした言葉尻をとっかかりに少しだけおかしな前提条件を作る。例えば、「舌打ち」がイライラしていることを表すのであれば、反対の「舌打たず」は喜びを表すのではないか。一見それらしい、でも少しおかしな状況を作ってしまって、あとはその中で起こりうる論理的に正しいことをひたすら積み重ねていく。すると、気づけばとても変な方向に話は進んでいて、そのズレが面白さにつながる。

この作り方は論理的思考の賜物(たまもの)だ。いきなり飛躍したアイデアを着想するのでなく、少しだけ前提条件をおかしくした上で(ここが肝)、そのあとはAだったらB、BだったらC、CだったらD、と着実に因果関係に紐(ひも)づかせながら論理を展開していく。それをひたすら繰り返すうちに気づけば最初のAとは随分かけ離れたZにたどり着いている。

僕の作るものの多くはこの方法を採用してきた。その上で数年前から、そんな自分の創作スタイルについて行き詰まりを感じるようにもなってきた。もしくは単に飽きてきただけかもしれないけど、もっと違う作り方をしたいと思うようになった。

そんな時に、僕のように「AならばB、BならばC」と順を追って考えていくことはギリシャ哲学の言葉で『ロゴスの論理』と呼ぶのだと知った。ロゴスとは「順番に並べて整理する」というような意味で、数学などはその最たるものだ。

そして同時にロゴスとはまた違う理性の働きを示す言葉があることも知った。それを『レンマの論理』と呼ぶ。レンマとは「全体をまるごと直観によって把握する」というような意味だ。

次のページ
数学から仏教、気づけば詩
エンタメ!連載記事一覧