日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/4/12

干上がった川床、三角州、湖盆、内海がいくつもあることから、火星の地表にかつて大量の水が存在していたことは明白だ。いまだ激しい議論が交わされているものの、火星の北半球には一つ、あるいはいくつかの海が存在していた可能性さえある。だが、地下にあるかもしれない塩湖や帯水層は別として、現在、火星には極冠の氷床か地表のすぐ下に埋まっている氷ぐらいしか水はない。

そのため、各年代の隕石(いんせき)の化学組成を調べたり、米航空宇宙局(NASA)の火星探査車キュリオシティで古代の岩石を調査したり、現在の大気を測定したりして、科学者たちは火星の地表に過去どれくらいの水が存在したかを推定してきた。その結果、もしすべての水が液体だったとしたら、火星の最初期に水深約45~245メートルの浅い海が惑星全体を覆っていたと考えられていた。

 火星にはかつて相当な量の大気があり、その圧力によって地表に液体の水が存在できた。しかし、NASAの探査機MAVENを使った調査で、おそらく火星が形成されてわずか5億年後、ほとんどの大気が太陽風によってはぎ取られたと判明した。その理由は明らかになっていないが、惑星を保護する磁場が早期に失われたことが重要な役割を果たしたと思われる。

従来説の欠陥

 いずれにせよ大気が消えたことで、地表水の約90%が蒸発した。水蒸気は紫外線によって分解され、その結果、火星は乾燥した荒れ地となった。

 以上がこれまで語られてきた「物語」だ。しかし、この筋書きにはいくつかの欠陥がある。

 従来の研究では、古代の火星に存在した水の運命は、現在の火星の大気に含まれる水素の種類に基づいて推定されていた。空気中の水蒸気が太陽から放射された紫外線を浴びると、水分子の酸素から水素がはぎ取られる。自由になった水素は軽い気体で、宇宙空間に容易に逃げ出してしまう。しかし、なかには重水素という重い種類の水素があり、こちらは大気中にとどまりやすい。

 火星における水素と重水素の本来の比率は判明しているため、大気中に残された重水素の量から、かつて軽い水素がどれくらい存在したかを推測できる。そのため、重水素は過去に宇宙空間に流出した水の量を示す「見えない指紋」の役割を果たす。

 一方で、これとは別の手掛かりが、火星の岩石を調査しているすべての探査機、探査車から得られている。この20年間に、粘土などの水分子を閉じ込めた(水和した)鉱物が大量に発見された。「地表に膨大な量の水和鉱物が存在する証拠が見つかっています」とホーガン氏は話す。

 それらの極めて古い水和鉱物すべてが、太古の火星の土壌に大量の水が流れていたことを示している。その量は、大気中の重水素の「指紋」が示唆するよりもはるかに多い。

火星の水の研究における重要な一歩

 今回の論文の筆頭著者で、米カリフォルニア工科大学の博士課程に所属するエバ・リンハン・シェラー氏は、これまでのモデルの問題点として、地殻が鉱物内に水を閉じ込められることを十分に検討していないと考えた。そこで、シェラー氏らは、45億年におよぶ火星の歴史を通じて、火星の水がどこに行ったかを推定する新しいモデルをつくることにした。

次のページ
ほかの惑星や衛星でも?
ナショジオメルマガ