日経ナショナル ジオグラフィック社

フランシスコは「アッシジの聖フランシスコ」にちなむ名前を選んだ初めての教皇だ。アッシジの聖フランシスコは貧しい人々の擁護者であり、イスラム世界との架け橋としても知られる聖人だ。

米サンディエゴ教区の修道女であるシスター・キャスリーン・ウォレンは「(アッシジの聖フランシスコは)私たちが普遍的親族関係と呼ぶ驚くべき直感の持ち主でした。つまり、すべての人と兄弟愛で結ばれていたということです。それが聖フランシスコの人生の礎でありメッセージでした。教皇フランシスコはそのことを完全に理解しています」と説明する。「(教皇フランシスコは)聖フランシスコが800年前にエジプトのイスラム教徒に伝えたものとよく似た深いメッセージを発信したのです」

21年3月6日、教皇はナジャフに赴き、イスラム教シーア派の指導者である大アーヤトッラーのアリー・シスタニ氏と会談した。隠とん生活を好み、外国人とはめったに会わない人物だ。会談後、教皇は都市遺跡ウルで説教を行い、かつてアブラハムが暮らしたと広く信じられている平原を見下ろしながら、団結について語った。アブラハムはキリスト教、イスラム教、ユダヤ教で同じように重視されている人物だ。

「それでも友愛を守りたいのであれば、天国を見失ってはいけません。アブラハムの子孫であると同時に、異なる宗教の代表である私たちが、何よりもこの役割を担っていると感じられますように。兄弟姉妹が目と祈りを天国に向けられるよう手助けすることこそが私たちの役割です」とフランシスコは語り掛けた。

帰郷

教皇がイラクに到着する直前、私はカラコシュのキリスト教コミュニティーで数日を過ごした。そして、キリスト教徒たちは町を再建することで、イラクにおける居場所を主張しているのだと気付いた。

修道院として使われているカラコシュ郊外の洞窟の入り口に人々が集まり、祈りをささげ、ろうそくをともし、願い事をしている。イラクには世界最古の部類に入るキリスト教コミュニティーがいくつか存在する。イラクのキリスト教徒は何世紀にもわたり、ユダヤ教、イスラム教、ゾロアスター教を含むほかの宗教と共存してきた(PHOTOGRAPH BY MOISES SAMAN)
ローマ教皇フランシスコを迎えるため、風船や横断幕を準備するカラコシュの人々。03年にサダム・フセイン政権が崩壊する前、イラクには150万人のキリスト教徒が暮らしていたが、現在、その数は3分の1まで減少している(PHOTOGRAPH BY MOISES SAMAN)

町外れの小さな丘で、マリ・サレブ氏という修道士に会った。レバノンで15年暮らした後、小さな修道院を修復するために戻ってきたという。平屋建ての建物には電気すらなく、小さな礼拝堂に数脚の椅子が置かれているだけだが、サレブ氏はこの建物を祈りの場所として復活させると決意している。いつかキリスト教徒がピクニックできる場所をつくりたいと考え、サレブ氏は建物の周りに木も植えている。

3月8日、フランシスコはローマに戻り、イラクから持ち帰った花束をサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂の聖母マリアにささげた。そして、バチカンの自宅で休息を取った。

次ページでは、イラクのキリスト教徒たちの歓迎ぶりをはじめ、ローマ教皇のイラク訪問を写真でご覧いただきたい。

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