日経ナショナル ジオグラフィック社

パンデミック以前、慢性的に先延ばしをする人たちは数々の悪影響にさらされてきた。学校の成績は下がり、病院の予約をすっぽかしたり運動をさぼったりすることで、健康上のリスクが増した。一部の専門家は、先延ばしは創造性にとっては有益な場合があると主張しているが、ピチル氏は、考え抜いたうえで意図的に遅らせることと、自己制御の失敗による先延ばしとを混同してはならないと警告している。

「だれもがつい、悪徳を美徳に変えたいと思ってしまうものです」とピチル氏は言う。

報復のために夜更かし

パンデミックの初期、私たちを苦しめたのは様々な制限に適応するための疲労、いわゆる「隔離疲れ」だった。そしてパンデミックが長引くにつれ、人々は、自分たちがストレスや先の見えない不安に弱いこと、それが先延ばし行動を引き起こすことを自覚するようになった。

「社会的距離をとったり、家の中にいたりすることが必要なせいで、タスクを続けやすくするための行動が取りにくくなっています」と、米ジョージメイソン大学で国際地域保健学を教える非常勤教授ジュリアナ・マイナー氏は言う。そうした行動とは例えば、規則正しいスケジュールを維持したり、特定の目的にあわせて別々の空間を用意したりすることだ。

マイナー氏は、もし人々が実際に以前よりも先延ばしをするようになっているなら、それはリモートでの仕事や学習が増えているためだと考えている。リモートでの作業においては、仕事のための空間とくつろぐための空間を区別することも、仕事とリラックスの時間を明確に分けることも難しくなる。「構造の欠如は、先延ばしに悩む人たちにとって非常に有害です」とマイナー氏は言う。

フィラデルフィアに拠点を置く心理学者でヘルスコーチのロビン・ホーンスタイン氏も、これに同意している。「現在在宅で仕事をしている人たちは、一日の流れを維持するための作業の道しるべがない状態にあります。私たちは長期的なストレスにさらされており、安全と癒やしを求めることが習慣化しています。それが先延ばしにつながるのです」

パンデミックによってとりわけ増加していると思われるのが「就寝先延ばし」と呼ばれる行為だ。この言葉は2014年にオランダ、ユトレヒト大学の研究者によって考案されたもので、具体的には、自由時間を楽しむために就寝を先延ばしにすることを指す。20年、中国のソーシャルメディアでは、これをもとにした「報復のための就寝先延ばし(報復性徹夜)」という言葉が生まれた。一日中仕事をした後で、その腹いせに夜更かしをして自由時間を楽しむ行為を指すこの言葉は、ツイッター上で大いにもてはやされた。

19年に学術誌『Frontiers in Neuroscience』に掲載されたある研究は、女性の方が就寝時刻を先延ばしにする傾向が強いと示唆している。この問題は、パンデミックの間に女性の時間への負担がさらに増したことによって悪化している可能性もある。長期間こうした行動を続けていると、睡眠不足から心身の健康問題に発展し、深刻な結果につながりかねない。

「生産的な先延ばし」という言葉もまた、パンデミックをきっかけに注目を集めた。これは、例えば大きなプロジェクトを先延ばしにして浴室を磨くといった、あるタスクを避けてまた別のタスクを終わらせることを指す。この場合、タスクを一つはこなすことによってある程度の生産性を実現しているために、さほど有害には見えないかもしれないが、それはまやかしにすぎない。重要なリポートを完成させなければならない状況は変わっておらず、それを先延ばしにするのはストレスを増やすだけだからだ。

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