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お客さまのどよめきに、すべてが報われる(井上芳雄)

第89回

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NIKKEI STYLE

井上芳雄です。3月は紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAで上演されているこまつ座の公演『日本人のへそ』に出演しています。井上ひさしさんの劇作家としての処女作で、どんでん返しが連続するエネルギーに満ちあふれた作品です。役者にはハードな芝居で、稽古は大変でしたが、幕が開いてみれば毎日が楽しい。お客さまのどよめきに、すべてが報われる気がします。

『日本人のへそ』の1幕は、吃音(きつおん)症の治療のために、患者たちが劇を演じるという設定で劇中劇が展開。東北の岩手から集団就職で上京してきた女子学生が、ヘレン天津という人気ストリッパーになり、ヤクザの女となったりしてのし上がっていきます。ところが話はそこで終わることなく、2幕になるとガラリと趣向が変わって推理劇になり、二転三転するというお芝居です。

俳優はみな一人で何役も演じます。歌って踊って早替えの連続とあって、動きっぱなしで体もきついのですが、幕が開いたら毎日楽しいですね。お客さまが毎回どんでん返しに驚いてくれて、客席が大きくどよめきます。それで全部報われるというか、今日も楽しかったという感じで終わって、また明日頑張ろうとなります。稽古のときは分からなかったけど、こんなにお客さまの反応が来るんだと、初日からびっくりしました。翻弄されるのを楽しんでくださっているのが舞台まで伝わってくるので、僕たちもすごいエネルギーを出しているけど、お客さまからもエネルギーをいただいています。

演出の栗山民也さんが、「井上ひさしは民主主義の作家」と言われているように、14人いる役者の誰かが突出することがなくて、一人ひとりに大事な役割が振られていて、最初から最後までそうなっています。僕も、メインの役どころもあれば、大勢のコーラスの一人を務めることもあります。役者にとって、みんなで作っているという心強さや安心感は井上先生の作品の特徴だと思いますが、『日本人のへそ』でもそれをすごく感じます。

共演者はすてきな人たちばかりです。ストリッパーのヘレン天津を演じる小池栄子さんは、ケラリーノ・サンドロヴィッチさん作・演出の舞台『陥没』でご一緒したことがあるので、気心が知れていて、そのときから魅力的な女優さんだと思ってました。今回はお芝居に加えて歌や踊りがあるし、ストリッパーの役だから肌も見せます。要求されているレベルが高いのですが、もともとのスキルに加えて、お客さまに見せるレベルにまで持っていくパワーがすごかった。最初から完成されているというよりは、一つひとつものにしていくという感じで、稽古場でどんどん変わっていったり、ステップを上がっていきました。僭越(せんえつ)ながら、僕も似たタイプだと思うので、一緒にやっていて安心だし、楽しいです。面白いことを派手にするというよりは、真顔で面白いことをする人なので、根っからのコメディエンヌなんだと思います。

朝海ひかるさんは、最初はアナウンサーの役ですが、そのあとストリッパーから代議士の秘書まで何役も演じます。宝塚の男役でトップスターでしたが、女優として活動するようになってからはストレートプレイも多く、こまつ座の舞台にもよく出ています。僕と同じミュージカル界出身というシンパシーを感じつつも、元宝塚とは思えないほどの演技の振り切りようがすごいです。お客さまもびっくりしたのではないでしょうか。栗山さんは、役者に極端な表現を求めることが多いのですが、それに果敢に、てらいもなく飛び込んでいくところは、やっぱり素晴らしい女優さんだと思います。

山西惇さんは、吃音症の治療にあたるアメリカ帰りの教授として登場します。ほかの役も含めて、セリフの量がとても多いのですが、素晴らしく安定した芝居を見せてくれます。なかでもヘレンの故郷である岩手の遠野から上野まで110個の駅名を言う場面は覚えるのが大変だったと思います。聞いたら、昨年の自粛期間中に1日に5個とか決めて覚え始めたそうです。稽古初日には完璧に覚えていて、栗山さんは「みんなもっと苦労するのに……」と驚いていました。もちろん努力しているのでしょうが、それを感じさせないで、軽々とやっているように見えるのはさすがです。

久保酎吉さんは、こまつ座では常連のベテランで、みんなに酎さんと呼ばれています。その酎さんが、若い役者と一緒に歌って踊って早替えしてと、半端じゃない運動量をこなしているのも驚きです。稽古に入って5キロぐらいやせたと言っていました。酎さんは審判員の役で登場して、1幕の途中では僕が演じるヤクザと同級生の組合のオルグを演じます。そんな設定が成り立ってしまうのも井上先生の本の面白さだし、僕にとっては、今回初めて酎さんと一緒にお芝居できたのはすごくうれしいことです。

 今回のキャストで気づいたのは、新国立劇場演劇研修所を修了された方が入っていること。鉄道員役の前田一世さんは第1期生ですし、合唱隊 男(2)役の岩男海史くん、合唱隊 女(1)役の山崎薫さんも修了生です。その研修所は、栗山さんが演劇部門芸術監督のときの2005年にできて、開所から2016年まで栗山さんが所長を務められています。そこで学んだ人たちが活躍しているのを目のあたりにして、そうやって栗山さんたちがやってきたことが積み重なって、今につながっていることを知りました。

栗山さんは今回、稽古をあまり繰り返しませんでした。できるまで同じ場面を稽古する演出家もいますが、栗山さんはそうではなく、こんなふうなことだというのを役者に伝えて、1回か2回やってみるだけ。だから稽古は早く終わるのですが、役者にすればまだ体に入ってない段階なので、次の稽古までに個々が責任を持ってできるようにしてこないといけない。それぞれが役割をきちんと果たさないと、カンパニーのアンサンブルが成り立たないから、若手からベテランまで全員が全力で取り組んでいました。

幕が開いてからも同じで、その姿が尊くて、感動すると言ってくださるお客さまもいらっしゃいます。コロナ禍で制約が多く、エネルギーを思い切り表に出せることが少ない今の時期だから、懸命な姿が余計に染みるということもあるのでしょう。自分もやっていて、そこがすてきだなと思っています。

形を作りながら中身はリアルな気持ちで

僕は会社員から始まり、いろんな役を演じます。ヤクザはあまりやったことがない役柄ですが、男くさい役ではあるし、半分コントみたいな感じなので、真剣にふざけるようなことが好きな僕にはやりがいのある役です。ヘレンの父親は、まったくやったことがない役柄。演出もリアルではなくて、半分振りのような感じでリズムに乗ってしゃべります。

なので1幕は、全体にデフォルメされた形になっています。ヤクザにしても任侠映画とか歌舞伎っぽい感じ。浅草のいろんな芸能の要素が入っている話なので、形を作りながら中身はリアルな気持ちで、という役作りです。そこを成立させるために、ほとんど普段と違う声でしゃべっています。父親は東北訛(なま)りでしわがれ声。ヤクザはべらんめえ調で、英語の教材を売るニセ東大生の役はうさんくさい感じの言葉や声の出し方です。

歌も、普段のミュージカルとは違う歌い方。ヤクザのときは演歌っぽいし、父親のときはリズムが決まっているだけなのでラップのような感じ。みんなで歌っているときは、自分の声が突出しないように薄めの声を出しています。稽古では、どうしても「芳雄君の声が聞こえ過ぎる」と言われたので。ミュージカルの主役をやるときにはいいことだと思うのですが、みんなで洗濯ものを干しながら歌う場面では、目立ってはだめなんですよね。そこも井上先生の作品ならではで、日本の演劇をやっているという実感があります。

栗山さんは幕が開いて、「やっぱりいいよな。こんな芝居ほかにないだろう」とすごくうれしそうでした。栗山さんの一番好きな井上先生の作品が『日本人のへそ』だと昔から聞いていたので、何をもって好きなのか知りたいとずっと思っていました。その答えがまだ出たわけではないけど、ものすごく楽しくて、ほかで経験したことがない演劇体験を味わえるのは確かです。それって、すごいことだと思います。あまたある演劇作品の中で、エネルギーに満ちあふれていて、人間にはいろんな人がいて、豊かな存在で、でも同じ過ちを繰り返しながら生きていることを教えてくれる。こんな芝居は、ほかにありません。舞台で実際に演じてみて、よく分かります。僕も『日本人のへそ』が好きになりました。

『夢をかける』 井上芳雄・著
 ミュージカルを中心に様々な舞台で活躍する一方、歌手やドラマなど多岐にわたるジャンルで活動する井上芳雄のデビュー20周年記念出版。NIKKEI STYLEエンタメ!チャンネルで月2回連載中の「井上芳雄 エンタメ通信」を初めて単行本化。2017年7月から2020年11月まで約3年半のコラムを「ショー・マスト・ゴー・オン」「ミュージカル」「ストレートプレイ」「歌手」「新ジャンル」「レジェンド」というテーマ別に再構成して、書き下ろしを加えました。特に2020年は、コロナ禍で演劇界は大きな打撃を受けました。その逆境のなかでデビュー20周年イヤーを迎えた井上が、何を思い、どんな日々を送り、未来に何を残そうとしているのか。明日への希望や勇気が詰まった1冊です。
(日経BP/2970円・税込み)
井上芳雄
 1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)、『夢をかける』(日経BP)。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第90回は4月3日(土)の予定です。

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