4000年前のスペインに女王? 宮殿の下に埋葬の理由
銀の冠を含む数々の副葬品とともに、現在のスペイン南東部で約4000年前に埋葬された女性が、一国の権力を握るほどの人物だった可能性が浮上している。2021年3月11日付で学術誌「Antiquity」に発表されたこの女性に関する論文は、ヨーロッパの青銅器時代初期における女性の役割を新たに問うものだ。また、国家権力はほぼ例外なく男性優位の家父長制社会の産物であるという、19世紀のドイツの社会思想家フリードリヒ・エンゲルス以来の考え方に疑問を投げかけている。
墓地はスペイン南東部の都市カルタヘナの北西約55キロ、森林地帯の丘にあるラ・アルモロヤ遺跡にあり、2014年に発掘された。この女性は一人の男性とともに埋葬されており、男性は配偶者だったようだ。放射性炭素による年代測定から、埋葬されたのは紀元前1700年ごろとされた。豪華な装飾品の状況から判断すると、男性よりも女性の方が上位にいた可能性があるという。
「これには2通りの解釈があります」と述べるのは、論文の共著者の一人で、スペイン、バルセロナ自治大学の考古学者ロベルト・リッシュ氏だ。「女性は王の妻に過ぎないとも、この女性自身が為政者であったとも考えられます」
当時この一帯で繁栄していたアルガル文化では、その副葬品から、女性は男性よりも早くから成人と見なされていたことがわかる。女の子であれば、6歳でもナイフや道具とともに埋葬されたが、男の子がそうされるのは十代になってからだ。
この文化の代表的な遺跡で、ラ・アルモロヤから80キロほど南のエル・アルガルでは、何十年もたってから女性が埋葬された墓を開け、他の男性や女性を合葬するという珍しい風習があり、これはたいへん栄誉あることと考えられていたようだ。また、2020年にリッシュ氏らが発表した論文によると、アルガル文化の墓に埋葬されていた身分の高い女性は、他の女性よりも多くの肉を食べていたという。このことからも、実際に女性たちが政治的な力を手にしていた可能性が考えられる。
「その政治的な力が厳密にどんなものであったのかは、私たちにはわかりません」とリッシュ氏は言う。「しかし、このラ・アルモロヤの墓は、青銅器時代の女性の政治的な役割に疑問を投げかけています。従来の考え方が大きく問われているのです」
「議会」の下の豪華な埋葬
「ラ・アルモロヤのプリンセス」と呼ばれるこの女性が属したアルガル文化は紀元前2200年から1500年にかけてイベリア半島南東部で繁栄し、まわりの部族よりもかなり早い時期から青銅器を使い、多くの人は孤立した小さな農地周りではなく、丘の上の大きな集落で暮らしていた。また、墓から出土した道具から、富や社会的地位が階層的になっていたらしいこともわかっている。つまり、支配者階級が存在した可能性がある。
リッシュ氏は、埋葬されていた男性はおそらく戦士ではないかと述べている。骨のすり減り方から馬上で多くの時間を過ごしていたことがわかり、また頭蓋骨には、おそらく戦闘中につけられた深い傷が残されていた。さらに、長い髪を銀色のひもで束ねており、金の耳飾りをつけていたことから、この男性も重要な人物であることがわかる。
女性が同じ墓に埋葬されたのは、その少し後だったようだ。ブレスレットや耳飾り、指輪、銀の装身具、銀の冠など、さらに豪華な副葬品とともに埋葬されていた。銀の冠は、発掘されたときもまだ女性の頭を飾っていた。アルガル文化では、ほかにも裕福な女性の墓から6つの冠が見つかっているが、その形状とも一致する。下向きに円盤状の装飾が施され、眉や鼻を隠すようになっている独特な形状だ。
当時のメソポタミア文明の記録に残されていた銀の価格を参考に、考古学者が見積もったところ、ラ・アルモロヤの女性の副葬品の価値は、現在に換算すれば数百万円ほどになるという。エル・アルガルでは、ほかの高貴な女性にも同じような豪華な埋葬が行われていたが、男性の墓からはここまで豊かな副葬品は見つかっていない。「こういった女性たちは生きていたとき、政治的にとても重要な役割を担っていたのかもしれません」とリッシュ氏は言う。
この女性が政治的な役割を担っていた可能性があることは、埋葬場所からもわかる。エル・アルガルでは、死者の多くが建物の下に埋葬された。そして、この女性の墓は、いくつかの長椅子があり、最大50人ほどが座れるようになっていた部屋の下にあった。研究者たちが「議会」と呼ぶ場所だ。リッシュ氏によると、この部屋がある建物はヨーロッパ大陸西部の最初期の宮殿で、すなわち為政者の住居兼執務場所であった可能性があるという。
積極的に経済活動を行っていた女性たち
スペインのタラゴナにあるロビナ・イ・ビルギリ大学の教授、およびカタルーニャ人類古生態学社会進化研究所(IPHES)の研究員で、考古学者兼歴史学者であるマリナ・ロサノ氏によると、アルガル文化のコミュニティは女性が支配していた可能性があると考えるのは妥当だという。なお、ロサノ氏は本研究には参加していない。
ロサノ氏は2020年の論文で、アルガル文化の女性の多くが、亜麻や羊毛の織物の生産に携わっていたとしている。今回の研究はその内容とも一致する。こういった織物は、冶金と合わせて経済活動の双璧を成していた。そのため、女性が為政者になることも十分考えられるという。「エル・アルガルの女性は積極的に経済活動を行っていました。為政者という役割も、この社会で重要な役割を果たした女性としての一例でしかありません」
対して、アルガル文化の専門家の中には、新しい解釈に慎重な姿勢を見せる人もいる。米カリフォルニア州立大学ノースリッジ校の名誉教授で、人類学者のアントニオ・ギルマン氏は、「すばらしい発見です。第一級の考古学的発見でしょう」と述べつつも、豪華な副葬品は豊かな為政者のものと考えるべきかどうかに疑問を投げかけている。
また、ラ・アルモロヤの建物を宮殿と考えることにも懐疑的だ。クレタ島にあるミノア文明のクノッソス宮殿など、青銅器時代初期のヨーロッパのさらに東にある建物に比べれば、はるかにみすぼらしいからだ。
ただし、ギルマン氏は、「これがとても重要な発見であるという事実に変わりはありません」とも付け加えている。
(文 TOM METCALFE、訳 鈴木和博、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年3月15日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。