南極上空の「大気の川」 巨大な水蒸気の帯が氷を補充
南極の上空を流れる「大気の川」が、南極の巨大氷床の消失スピードを大きく左右しているらしいことが最新の研究で明らかになった。南極の氷床消失は世界的な海面上昇につながるため、その変化を正しく見積もる必要がある。今回の研究は、2021年3月2日付で地球物理学の専門誌「Geophysical Research Letters」に発表された。
大気の川は、巨大な水蒸気の帯だ。熱帯や亜熱帯の海上で形成され、地球を一周する風に乗り、ときに大量の雨と雪を降らせる。有名なのは「パイナップル・エクスプレス」と呼ばれる大気の川で、米国西海岸で使われる淡水の多くを供給している。
研究チームは、18年9月に打ち上げられた米航空宇宙局(NASA)の地球観測衛星「アイスサット2(ICESat-2)」のデータを用いることで、大気の川が19年に西南極全域に降水(主に降雪)をもたらす大きな原因となったこと、急速に失われつつある氷床の補充に役立っていることを示した。
海洋が温暖化すると、今よりも大きく、長く持続する大気の川が、南極大陸に送り込まれると推定されている。ただし、それが南極の氷床にどのように影響するのかは、まだ十分に研究や解明が進んでいなかった。
「(アイスサット2の)最初の数カ月分のデータを見ただけで、降雪量の大幅な増加があったことがわかりました」と、論文の筆頭著者で米カリフォルニア大学サンディエゴ校スクリップス海洋研究所の博士課程に在籍するスシール・アドゥスミリ氏は話す。降水量の増加は、この地域の上空に大気の川が流れていた時期と一致したという。「本当に驚きました」
宇宙から見つけた大量降雪
南極大陸は毎年1000億トン以上の氷を失っている。海に流れ込む氷河から巨大な氷山が分離するためだ。この2月末にも、南極の棚氷が割れて1270平方キロメートルの氷山が分離した。これは東京23区の2倍や沖縄本島の面積を上回る。
南極大陸では、深層から上昇してくる温かい海水によって氷の損失が加速している。この温かい海水が、海に浮かぶ棚氷を下から解かすうえ、その棚氷がせき止めていた氷河が、海に流れ込みやすくなっているためだ。こうした状況は気候変動によって悪化する可能性が高い。
しかし、南極大陸には毎年大量の雪が降っている。降った雪の上に次の雪が積もると、圧縮されて新しい氷となり、海による損失が補われる。
氷の融解と補充の綱引きは、地球最大の氷床である南極氷床がどのくらいの速さで縮小し、海面上昇にどのくらい寄与するかを左右する。しかし、南極大陸には観測所も観測員も不足していて、全域の降雪量を測定するのは非常に困難だ。
そこで研究者たちは、アイスサット2を使って気象観測の空白を埋めようとしている。この衛星は、氷の表面にレーザーパルスを照射し、個々の光子が戻ってくるのに要する時間を測ることで、氷床の高さの変化をわずか4ミリという高い精度で測定することができる。
アイスサット2は数カ月ごとに氷床上空の同じ軌道を飛行するため、特定の地域で大規模な降雪や氷の融解があれば、氷の高さの変化を検知することができる。「高精度のアイスサット2を使って降雪量の大きな変化を測定できればすばらしいだろうと期待していました」とアドゥスミリ氏は語る。
アドゥスミリ氏らは、アイスサット2が19年4月から20年6月にかけて収集した初期のデータの一部を調べた。そして、南極大陸の冬にあたる19年5月から10月にかけて、西南極氷床の高さが大きく増加していることに気づいた。
氏らは過去の天気を推定する再解析という手法を用いることで、氷床の高さの増加分(一部の沿岸地域では約2.5メートル)の41%が、短時間の激しい降水イベントによるものであることを突き止めた。
こうした極端な降水イベントのうち63%が、南極大陸に衝突する大気の川と関連していた可能性がある。大気の川は、含まれる水蒸気量の多さによって他の豪雨と区別できる。
米国西海岸に影響を及ぼす大気の川はハワイの近くの熱帯で形成されるが、南極大陸に大雪を降らせる大気の川は、南極大陸を取り囲む南極海のすぐ北で形成されると、米ラトガーズ大学の博士研究員で本論文の共著者であるメレディス・フィッシュ氏は説明する。
南極の大気の川に関する研究は数えるほどしか行われていない。14年には、観測所のデータの分析により、大気の川が09年と11年に東南極に大雪を降らせたことが示された。一方で別の研究では、大気の川が西南極の融雪に及ぼす影響がモデルを使って推測されている(降水が雪ではなく雨だった場合や、発生した低層雲が地表からの熱を吸収して再放出した場合には、大気の川は雪や氷を解かすことがある)。
大気の川の活発さが今回の研究で明らかになったことで、南極研究者にとっては、この気象現象の重要性がさらに増した。
「南極大陸は、世界中のすべての砂漠と同様に、極端な降水イベントの影響を受けやすい」と語るのは、フランス、グルノーブル・アルプ大学の博士研究員ジョナサン・ウィル氏。氏は今回の研究には参加していないが、大気の川による西南極の融氷について論文を発表したことがある。
ウィル氏らは、1980年以降に東南極で起きた極端な降水イベントのうち過半数は大気の川が原因になっていて、「年間の降雪傾向を決めている」ことをその後の研究で発見しており、近日中に論文を発表する。氏によると、これまでに得られた証拠は、大気の川が南極の氷にとって「正味ではプラス」に働いていることを示唆しており、氷床の質量の増加と、海による氷の損失の相殺を助けているという。
夏と冬で全く異なる影響
しかし、状況は変化する可能性がある。南極大陸上空の大気の川は、地球温暖化に伴ってより大きく、より長く持続する可能性があることを、気候モデルは示唆している。また、大気の川が発生するタイミング次第で氷床への影響も変わりうる。
今回の研究で発見された大気の川のほとんどは冬に発生して降雪を促していたが、論文の著者らは夏にも大気の川を発見している。夏に現れる大気の川の90%は、氷床の表面が融解した可能性のある時期と一致していた。著者らは、融解していたとすれば原因は雨ではなく局所的な雲による気温上昇ではないかと推測している。「大気の川の影響は、夏と冬では全く違っているのです」とフィッシュ氏は言う。
ポルトガル、アベイロ大学環境・海洋研究センターの科学者で、東南極での極端な降雪と大気の川との関連に最初に気づいたイリーナ・ゴロデツカヤ氏は、次のように話す。なお、氏も今回の研究には参加していない。
「大気の川は南極大陸に余分な熱と湿気の両方をもたらしますが、どちらの影響がより重要なのかはわかっていません。大気の川は、より多くの表面融解を引き起こし、棚氷の水圧破砕を悪化させるのでしょうか? それとも、(氷床の質量を増加させる)極端な降雪イベントを増やすのでしょうか?」こうした疑問に答えるためには、「高精度の測定がもっと必要です」
そのためアドゥスミリ氏らは、アイスサット2のデータが公開されるたびに分析を行っている。未発表の分析結果では、20年の降雪に19年と同様の「大気の川の大きな影響」が見られたと氏は言う。氏らはいずれ、高解像度で観測した南極大陸全域の吹雪と大気の川のデータをつなぎ合わせて、モデルを使った予測を改善したいと考えている。
「この新しいデータセットは、大気の川が引き起こす事象を監視し、降雪量を測定する明快な手法を与えてくれます」とアドゥスミリ氏は語った。
(文 MADELEINE STONE、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年3月10日付]
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