脳とライブの不思議な関係 「落語×オペラ」で考えた立川談笑

伝統芸能&室内オペラ「おしち」のカーテンコール。赤い衣装を着たお七役・幸田浩子さんの右手をとっているのが談笑師匠(2021年3月9日、石川県立音楽堂邦楽ホール)=オーケストラ・アンサンブル金沢提供

まずは楽しい仕事の話から。

北陸は石川県金沢市に行ってきましたよ。落語とオペラという異色の組み合わせのライブがあったのです。前半に私の創作による落語「八百屋お七~比翼塚の由来」、そして後半にオペラ「おしち」をたっぷり堪能していただく。そんな企画の、最終公演でした。今回はオペラを入口に、「生」「ライブ」「実体験」について考えます(「悲劇の八百屋お七、生きてくれ ネタばれ覚悟で談笑版」参照)。

生の演奏・生の歌声・生身の肉体

この公演。開演とともに落語の幕が開くと、高座のあるステージと客席の間に広くて暗いオーケストラピットがあるのです。もちろん落語の時間には使われることはありません。客との距離が離れるのは正直言って落語にはマイナスなのです。ところがそこは、天下の立川談笑。芸の力で乗り切りましたよ。わはは。いやいや、あたたかいお客様に助けられました。心地よい一体感を私自身も楽しませていただきました、ハイ。感謝、感謝。

そして休憩を挟んでのオペラ「おしち」(池辺晋一郎作曲、星野和彦作)は、私の落語版とモチーフこそ共通ですがストーリーは大きく違います。休憩をはさんでたっぷり2時間ほど。私も舞台袖から存分に堪能しました。ステージ正面からの完成品もいいのですが、半分は舞台裏も同時に見ていたいのです。

いやあ、もう圧巻のひとことでした。演奏はオーケストラ・アンサンブル金沢。生の楽器がときに壮大に、ときにしめやかに響きわたり、生の歌声はホールを震わせ、生身の肉体が躍動する。これぞ、ライブの醍醐味です。

終演後、ホール全体を揺るがすような盛大な拍手の中、何度も繰り返されるカーテンコール。私も高座着で出て行ってあいさつの列に加わりました。お七と手をつないじゃった。わー、もう大興奮です。

さてさて。オペラも落語もそうですが、舞台芸術は確かに録画、録音でも楽しめます。すばらしいものは、すばらしい。それでも、どうしたって本来はこっちなんですなあ。「生」「ライブ」が一番。極端なたとえですが、テレビ画面で食事シーンを見るのと、実際のテーブルで料理を口に運ぶくらい。それほどの違いがあります。

ひと昔前、料理番組がありましたよね。普通ではありえないような高級料理をスタジオで実際に作って、「さあ、どっち?」って抽選があって出演者たちのうちラッキーな数人だけが実食できて、食べられなかった人たちがうらやましそうに見て悔しがるっていう。考えてみると、テレビで観ているって段階で我々は最初から食べられない側でしたよね。「どっち」の抽選にも関われず、ただうらやましがるだけ。あれはふしぎな人気番組でした。

テレビの話をもうひとつ。生放送で「あの歌手が生歌を披露!」なんて、たまに見かけます。スタジオ内でアーティストが歌って、その場の出演者たちが目をうるませて「ああ、やっぱり生は迫力が違いますねえ」というあれ。でも、「生」なのはその場にいる人たちだけですよね。テレビを観ているこっちは「生」じゃないんだ。あれもおかしな物言いだなあと。

こうして私が「生」にこだわるのは、落語を通じた高座での実感があるからです。落語会や寄席にお越しになるお客様も当然分かっていらっしゃるはずです。その場で体感する「生」と、録画だとかインターネットだとかが挟まるのとは、大違い。まったく別物と言っていいくらいに、違います。

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