在宅勤務、妻にサボっていると見られる
作家、石田衣良さん
気分が乗れば仕事を早く片付けられるものの、そうでないときは進みません。在宅勤務になって妻にはさぼっているとしか見えないようです。最終的には成果を出すので問題ないのですが、どうしたらわかってもらえますか。(東京都・50代・男性)
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お気持ち、お察しします。ぼくも締め切り前などに、窓の外をぼんやりと眺めて、気がつくと2時間なんてことがよくあるのです。その間、必死に小説の構成を考えているかというと、そうでもありません。空想に身を任せ、渋谷に宇宙人でも降りてこないかなとか、印刷所の機械が壊れたらいいのにと、小説とはまるで関係ない、全く無駄なことを妄想しているのです。
ですが、世のみなさまに宣言したい! この無為のアイドリングタイムがなければ、真に創造的な仕事というのは決して成就しないのだ。ルーティン作業ならともかく、クリエーティブな仕事というのは、暗闇の中を手探りで進むようなデリケートなもの。硬い岩盤を少しずつ掘り進め、ごくわずかな貴金属を地上に持ち帰るようなハードな仕事なのです。ダイヤモンドだと思ったら、ガラスのかけらだったなんてこともざらにあるのです。トホホ……。
その過程には、懸命に集中しても成果が全く見えない徒労の時間が含まれています。というより、何もしていない時間は、創造的な仕事の欠かせない一部分であるといってもいいでしょう。原稿用紙に文字を並べることだけが創作ではないし、腕まくりをして事務を片づけるだけが仕事ではありません。
世のみなさまの多くが勘違いしていますが、会社員が実際に出社して働いている時間の四割ほどは、この無為の時間です。ですから、リモートワークの際に、夫がぶらぶらしていても心配は無用。何もしていないときにこそ、仕事の難所がじりじりと解決に向かっているはずだ。無邪気にそう信じてくださいね。うちの人はいざというときは、ちゃんとやる人だ。そう思ったから、将来もわからない若者と結婚したんでしょう?
まあ、男というものは、変にお尻を叩くより、放っておいてたまにおだてあげるくらいのほうが、いい仕事をする生きものです。
質問者の方は、この文章を奥さんに読んでもらって、「俺を信じろ」と胸をどんと叩いてください。あとはもう大丈夫。大切な仕事時間を、趣味や好きな小説や映画、音楽にどんどん費やしましょう。免罪符は得た。思うままにさぼってもOK。いや、本当に締め切り前の本って、何であんなにおもしろいのかなあ。
[NIKKEIプラス1 2021年3月13日付]
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