「イチローズモルト」 創業者が語る、次の10年
世界からも注目される日本のウイスキー「イチローズモルト」。製造するのは、埼玉県秩父市で2004年に創業されたベンチャーウイスキーだ。20年11月に、イチローズモルト初の10年熟成シングルモルトウイスキー「秩父 ザ ファースト テン」を発売し、節目を迎えている。
国際的な品評会では世界最高賞を連続受賞するなど評価は群を抜き、海外での人気も高い。ただ、生産量が少ないため、レア度は増す一方だ。ウイスキーは長く寝かせることにより初めて出荷が可能になる。
そこで生産量を上げるため、新たに蒸留所と貯蔵庫を建設し、将来への布石を打った。今後、生産量が上がるとともにさらなる知名度と人気を獲得することが予想される。創業者である同社社長の肥土伊知郎氏にその狙いを聞いた。
――なぜ今、蒸留所と貯蔵庫に大規模な投資をしたのでしょうか。
「ウイスキー造りは、昔に仕込んだ原酒が無ければ製品はできません。つまり、『造る』より『仕込む』方が圧倒的に重要です。だからこそ、19年に第2蒸留所を新設し、毎日1回蒸留器を稼働させ、様々な種類のたるに詰めて、バリエーション豊かな原酒造りに注力しています。供給量が十分でなく、商品によっては品薄になっている問題を解消する目的もあります。21年夏には新たに巨大貯蔵庫を本稼働させ、将来的には蒸留器は第1、第2ともに1日2回動かす体制を組み、原酒の蓄えをより増やしていきます」
次の10年に向けて、どんな手を打つ?
――イチローズモルトは原酒とブレンドの良さに定評があります。おいしさはまだ上がるのでしょうか。
「実は、第1蒸留所の蒸留器は蒸気で加熱する方式でしたが、第2は昔ながらの直火を採用しています。直火の方がおいしいウイスキーが造れると思ったからです」
「私は、ウイスキー造りの正しい『型』を身に付けることを最も大切にしています。それには歴史の中で編み出されてきた技術を学ぶことが重要です。ベンチャーウイスキーという社名から最先端に挑んでいるように思われがちですが、むしろ逆で、やっていることは『原点に戻ること』。昔のおいしいウイスキーを造ってきた偉大な先輩たちがやってきたことを、ただ忠実に再現しようとしているだけなのです」
「例えば、原料に使う麦芽は、モルトスターと呼ばれる海外の専門業者が、大麦を発芽・乾燥させる、いわゆる『製麦』されたものを買い付けるのが一般的。ですが、当社では秩父産の大麦を使って、床の上で発芽させてから乾燥させる『フロアモルティング』と呼ばれる古式の手法を一部で取り入れ、自ら製麦も行っています。麦汁をもろみにする発酵槽も主流はステンレス製ですが、当社のものはミズナラで作った昔ながらの木製。手入れは大変ですが、すみつく乳酸菌が発酵に良い影響を与えると考えるからです」
――次の10年に向けては、どんな手を。
「従来、ブレンドは私が行ってきましたが、将来を見据え、今は2人の若手に多くを任せています。また、地元の林業関係者に秩父の山の標高900メートル以上の場所に群生するミズナラを伐採してもらい、たる作りを行うのですが、これを作るのは地元高校出身の若い職人たちです。秩父産の大麦も地元農家がそばの裏作で作ってくれたもの。大麦もたるもすべて秩父のものを使った原酒は2年前に仕込み、貯蔵庫で10たる寝かせています。この"オール秩父"で造ったウイスキーもゆくゆくは国内外で販売し、地域の活性化に一役買いたいと考えています」
「ウイスキー造りは、人間が手を掛けられるのはごく僅か。多くは自然が生み出す熟成によって味が決まります。秩父は山に囲まれている完全な盆地構造。寒暖差が大きいため、たるのすき間から業界用語で「天使の分け前」と呼ばれる、原酒の僅かな蒸散が起こりやすいのが特徴です。蒸散した分、香味は芳醇になるとされ、これをケチるとおいしいウイスキーはできません」
「つまり、寒暖差が大きく、天使にケチらず気前よく分け前を渡す秩父は、ウイスキー造りに最適な土地なのです。20年、30年と熟成したイチローズモルトを出すのが楽しみで仕方ない。私が生きている間に皆さんと飲めれば、最高のウイスキー人生になるでしょう」
(ライター 高橋学)
[日経トレンディ2021年3月号の記事を再構成]
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