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newme(NIKKEI x C Channel)

「日本の働き方変えたい」 専業主婦志向の学生から起業家になったワケワーク・ライフバランス社長・小室淑恵さん

2021/3/2

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こむろ・よしえ 1975年生まれ。日本女子大卒、資生堂入社。2005年資生堂を退社、06年コンサルティング会社、(株)ワーク・ライフバランスを設立。代表取締役社長。働き方改革で1000社以上の企業のコンサルティングを手掛ける。「産業競争力会議」民間議員など複数の公務を歴任。
こむろ・よしえ 1975年生まれ。日本女子大卒、資生堂入社。2005年資生堂を退社、06年コンサルティング会社、(株)ワーク・ライフバランスを設立。代表取締役社長。働き方改革で1000社以上の企業のコンサルティングを手掛ける。「産業競争力会議」民間議員など複数の公務を歴任。

日本経済新聞社(東京・千代田)と女性向け動画配信のC Channel(Cチャンネル、東京・港)が立ち上げた働く女性を応援するメディア「newme」。金融や政治、教育など各分野のプロフェッショナルをゲストに招き、従来の概念にとらわれない生き方を選ぶために必要な情報を提供していきます。今回は働き方改革で1000社以上の企業のコンサルティングを手掛けるワーク・ライフバランス社長の小室淑恵さんに、働き方に関心を持ったきっかけや起業に至った経緯について聞きました。

全員残業ゼロ、有休消化率は100%

――まずは自己紹介をお願いします。

「企業に対して労働時間を削減して業績を上げるコンサルティングをしており、私自身が長男を出産して3週間後に起業しました。起業した時から私自身がずっと時間の制約がある社長として、年間200回ぐらい講演のご依頼をいただくのですが、講演場所が秋田でも青森でも午後6時15分には保育園に戻るスケジュールでした。1日8時間一本勝負という仕事の仕方をしてきました」

「最初の頃は、私ができない部分を社員が頑張ってくれて、メンバーの残業が増えました。しかし、私の右腕として働いていた女性社員も翌年に出産したことで他の社員も時間の制約が付いていくと思い、全員が実践をしてそれをお客様に提供することが大事なのではないかと感じました。今は全員残業ゼロと有休消化100%、震災の年とかコロナの影響があった年以外はずっと増収増益です。今まで1000社ぐらいの企業で働き方を見直すコンサルをして、成果が出た企業では出産数が2倍になったり結婚数が2.5倍になったりする変化も出ています」

一念発起の渡米、見つけたビジネスの種

――どうして起業しようと思われたんですか。

「大学3年までは専業主婦志向でした。きっかけは小学生ぐらいの時に、『もしかしてこの世の中って、女子が頑張っても頑張っても企業は待ってないんじゃないか』ということに、はっと気付いたことがありました。男子は頑張って勉強をすると、トンネルの先に企業が両手を広げて待ってるような先がある。一方で、最終的な戦いに負けるのであれば私は最初から頑張りたくないと、いつも自分のことを専業主婦志向だと回りに言っているうちに、経済力のある男子を早めに捕まえることを頑張るべきだと思い、授業は基本寝ているような生活を送ってきました」

「大学3年のときに授業の単位のために外部講師の講演会を年間4回聞く必要があったのですが、そのときの猪口邦子先生の講演会が大きな転機でした。誰かが最後に『お子さん2人を育てながらキャリアを築いてきたのには相当な苦労があったんですか?』と質問すると、『もちろんたくさんの苦労はあったけれども、皆さんが是非知っておいてほしいことは、これからの日本社会は大きく変わること。働いて子育てをする家庭が消費者の中心になり、専業主婦家庭を共働き家庭が超える。ぜひあなた達は結婚や出産をしても日本企業に戻ってあげて、どんな商品・サービスが欲しいのかアイデアをあげてね』という話をされました」

「これを聞いた時に稲妻が走るような衝撃を受けました。それまでの私の根底には、女性が育児なんかで休むことは経済合理性的に企業にとってマイナスだから迷惑なことだという思いがありましたが、女性が企業の中で役に立てる存在として働いてもいいのであれば私は頑張りたいと思いました。でも授業も寝てきたし何も資格も取っておらず社会の役に立たないなと思い、人生変えたいと思って1年間の休学をして渡米しました」

「何の資格も持っておらず、しかも英語も全く話せないのでアメリカではベビーシッターをして、そのときに雇ってくれたシングルマザーの女性が育休中にeラーニングをしながら職場に復帰する様子を目にしました。私が渡米した1997年の日本であれば、育休の制度を使うのであれば一旦退職を勧告されてしまうような時代でしたが、アメリカでは育休中にeラーニングで資格を2つ取って、給料が上がって元の職場に戻っていくことができる。彼女にとって育休はブランクではなくてブラッシュアップの期間であったように、同じようなことを日本でもしたいと思うようになりました。日本に戻って私その後すぐ就活だったのですが、40社に落ちる大変な就活を経て内定をもらえたのが資生堂でした」

さらなる働き方改革めざし辞表を提出

――仕事を選ぶ上で具体的なプランはありましたか?

「業界もテーマもだいぶ右往左往しましたが、資生堂だけ面接の半分が女性だったり最終面接にも女性が一人いたりして、こういった会社は他にありませんでした。入社してからは奈良支社に配属になり、社内のコンテストにアイデアを出して優勝したことで新規事業を立ち上げました。出したアイデアは育児休業者の復帰支援プログラムで、まさにアメリカで見てきたeラーニングで育休中に勉強できるプログラムを企業に売り込むビジネスモデルです。私の資生堂人生の2年目からはその立ち上げをしてきました」

「ところが復帰支援のプログラムを導入した企業を数年後にフォローすると、復帰した女性は辞めていまいた。深く調査していくと、戻る職場が長時間労働で残業ができる人が前提となる職場でした。子供に泣かれながら保育園に預けて会社に行くのに、やりがいのない仕事を与えられてしまったら、一体何の為に働いてるのかと多くの女性が疑問に思ってしまうと数年後には辞めてしまう。復帰の支援だけでは何も解決していなかったことにぶち当たりました」

「さらに企業からは『うちは育休で休む女性より介護で休む男性が増えてきた』『メンタルで休んでる男性が多い』との声があり、休むことや短時間勤務は女性だけの問題ではなくなっていました。日本の労働力人口が今後激減することは明らかうえ、今の働き方が最大のネックになります。みんなで働き方を縛り、それに合わない人を排除するという大半の人が今後不幸になる働き方をなぜしてるんだろうと疑問に思いました。これは変えないけないと私の中で日本の未来に焦り、資生堂に辞表を出しました。辞表を出す前の年に結婚をしていたのですが、辞表を出した翌日朝に吐き気が襲い、私が妊娠していたこともまた衝撃でした」

(この企画は日経とC Channelが共同で展開しています)