182人が無罪 冤罪で苦しむ米国の元死刑囚
1973年以降、米国では8700人以上が死刑宣告を受け、1500人以上の死刑が執行された。しかし、死刑宣告を受けた人のうち182人は無罪だった。ナショナル ジオグラフィック3月号では、ジャーナリストのフィリップ・モリス氏が、無罪となった元死刑囚に話をきき、えん罪と米国の死刑制度のあり方をリポートしている。
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私は、元服役者たちに会って話を聞いた。彼らは全員、身に覚えのない罪に問われ、死刑を宣告された人たちだ。彼らの背景は実に多様だが、魂を押しつぶされるような重荷を背負っていることは共通している。
出所後に元死刑囚として過ごす日々は、身の潔白を信じてもらえず獄中にいた日々に劣らず、彼らを怖気づかせ、震え上がらせ、混乱させる。冤罪(えんざい)で死刑となり、刑の執行を待つ身となった元囚人が直面する心的外傷後のストレスは、釈放され、政府に謝罪されて、補償金を支払われたとしても(支払われない場合が多いのだが)、すぐに解消するようなものではない。
その教訓は極めて重い。無実の罪で死刑宣告を受けた人の存在は、非人道的な死刑の存続に対する、この上なく説得力ある反証だ。
私が取材した元死刑囚は全員、「ウィットネス・トゥ・イノセンス(無実の証人、略称WTI)」に所属している。WTIは2005年からペンシルベニア州フィラデルフィアに本拠を置くNPO(非営利団体)で、無罪を勝ち取った元死刑囚が運営している。主要な活動目標は、死刑の非人道性について訴えて世論を動かし、米国で死刑廃止を実現することだ。
この15年間、WTIが連邦議会や各州の議会、政策顧問や学者などに働きかけてきたことも手伝って、いくつかの州では死刑が廃止されたが、今でも全米28州、連邦政府、米軍は死刑を採用している。2020年に米国では17人の死刑が執行されたが、うち10人は連邦政府による執行だった。連邦政府による死刑執行件数が州政府の執行件数の合計を上回ったのは、これが初めてだ。
元死刑囚サブリナ・バトラー氏のケースを見てみよう。彼女は1989年4月11日の夜、生後9カ月の息子ウォルター君が息をしていないことに気づいた。当時18歳のシングルマザーだったバトラー氏は慌てて心肺蘇生法を試みた。数分続けても息を吹き返さないので、パニックになりながらミシシッピ州コロンバスの病院に運び込んだが、到着した時点で死亡を告げられた。それから丸1日とたたないうちに、彼女は謀殺罪に問われることになった。
ウォルター君は死亡時に体内に深刻な傷を受けていた。警察の取り調べで、バトラー氏は心臓マッサージを試みたときに傷つけたと思うと供述したが、信じてもらえなかった。そして、弁護士不在のまま、数時間尋問が続いた後、息子が泣きやまないので腹を殴ったという供述調書に署名してしまった。11カ月後、彼女は謀殺で有罪となり、死刑を宣告された。
バトラー氏の公選弁護団は、証人も呼ばなければ、バトラー氏を証言台に立たせて無実を訴えさせようともしなかった。
「白人の大人ばかりの法廷に、まだ子どもだった黒人の私が放り込まれました」と、今は「サブリナ・スミス」となった彼女は話す。「弁護人からは、おとなしく座って、陪審の方を見ていろと言われただけです。弁護団が、私の無罪を証明するために証人を呼ぶ気がないと気づき、もう自分の人生は終わりだと思いました」
バトラー氏の有罪と死刑宣告は1992年8月に一時的に執行停止にされ、再審理を命じられた。二審では、無報酬の優秀な弁護団がつき、冤罪が証明された。近所の住民がバトラー氏は必死で息子を助けようとしたと証言し、医学の専門家がウォルター君の体内の傷は心肺蘇生法によってついた可能性があると証言した。さらにウォルター君には腎臓の基礎疾患があり、それが突然死につながった可能性があることを示す証拠も提出された。バトラー氏は死刑囚監房で過ごした最初の2年半を含め、5年間の獄中生活の後、晴れて自由の身となった。
冤罪が証明された女性の元死刑囚は米国ではバトラー氏が初めてで、彼女の後にもう1人、無罪になった女性がいるだけだ。
そして、冤罪被害者でなくても首をかしげるような問題もある。誤判で有罪とされた人、とりわけ元死刑囚に対する補償を定めた法律はあるのだろうか。答えは「ノー」だ。州によっては多額の補償金を支払うことを定めた法律もあるが、多くの冤罪被害者はすずめの涙ほどしか、あるいはまったく補償金を受けられない。
(文 フィリップ・モリス、写真 マーティン・ショーラー、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2021年3月号の記事を再構成]
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