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働きがいと生産性を兼ね備えた
農業生産法人を経営
「初代葱師(ねぎし)」が挑む新しい農業

――山形県天童市で、農業生産法人「ねぎびとカンパニー」を経営する清水寅さん。高級ブランドネギの生産や、生産効率を重視した組織運営などが評価され、2019年には山形県ベストアグリ賞を受賞しました。キャリアの出発点は金融会社のサラリーマンだったそうですが、転身のきっかけは。

天童市にある妻の実家で10年ほど前、親戚のおじさんから愚痴を聞かされたことがきっかけです。「山形の農家は年寄りばかりで、元気がない。あんたが元気にしてくれ」と言われて、その気になってしまいました(笑)。

当時はまだ20代でしたが、消費者金融の営業職としてキャリアを積んだ後、系列子会社の社長を任せてもらうなど、やりがいのある仕事をさせてもらっていました。ただ、そうは言ってもサラリーマンはサラリーマン。大きな仕事を任せてもらえるようになるほど、「自分の資本で勝負をしてみたい」という思いを抱くようになっていました。そこにおじさんのぼやきが聞こえてきた。会社を辞めて天童市に移り住み、農業を始めました。11年3月、30歳の時でした。

――それまで農業の経験はあったのでしょうか?

全くありません。まさにド素人でした。だから農業を始める時、どんな作物だったらベテラン農家に勝てるのか、真剣に考えました。「やるからには日本一になりたい」と思っていたからです。

――ネギ農家を選んだ理由は。

最初に考えたのは、ライバルが少ない作物ということです。サクランボやラ・フランスなど山形の名産品では、たくさんのベテラン農家がしのぎを削っています。素人の自分が勝てるとは思えませんでした。また、コメのように機械化が進んでいる作物も避けようと思いました。そうした作物は大規模農家が圧倒的に多いし、設備の導入に多額の資金が必要です。

消費者がそれほど味にこだわっていない作物という点にも注目しました。それなら素人の自分が作っても「まずくて食えない」とは言われないだろう、と(苦笑)。

――ネギの栽培法はどうやって体得しましたか?

天童市には、周囲の農家から「ネギの神様」と呼ばれている生産者がいました。そこに毎日通い詰め、手伝いながらネギ栽培の基本を教えてもらいました。今もとてもお世話になっている僕の師匠です。

畑を借りるにしても、どこの誰だか分からないよそ者の僕に先祖代々の土地を貸すなんて普通はあり得ないことですが、「師匠の弟子だから」ということで貸してもらうことができました。

――農業を始めてわずか3年で、栽培面積を5.4ヘクタールにまで増やしたとか。

どんな仕事でも目標設定は重要です。農業を始める時、「3年以内に新規就農者のネギ作付面積日本一になる」という目標を掲げ、達成しました。その後も面積を増やし続け、20年にネギを植えた面積は9.2ヘクタール。畑は天童市内に約100カ所あります。年間出荷数は200万本、売り上げは年1億8000万円になりました。

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