ポール・マッカートニーのリベンジ
こうして69年1月に始まったゲット・バック・プロジェクトは、70年5月に映画『レット・イット・ビー』公開とそのサントラ発売で完結したはずだった。だがこのプロジェクトの結末はジョンが推したアラン・クラインの思惑どおりのものであり、ポールにとっては到底受け入れられないものだった。とりわけフィル・スペクターが過剰な装飾でアレンジした「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」に関しては、ポールはことあるごとに怒りをあらわにしていた。
その一方で、トラブルの元凶だったアラン・クラインはわずか数年でビートルズの前から姿を消し、メンバー間の不和も年月の経過とともに解消されていった。そして、ビートルズの人気は解散後も衰えることなく、彼らが残した音楽遺産がさまざまな形で発表されるようになった。ゲット・バック・セッションから27年が経過した1996年、ビートルズの未発表テイクなどを収録したアルバム『アンソロジー3』が発売。そこにはゲット・バック・セッションからの音源が13トラック収録されていた。幻となっていたグリン・ジョンズの仕事が27年ぶりに日の目を見たのだ。
ポールはそれだけでは納得できなかった。2003年にはゲット・バック・セッションに込めた69年当時の思いをビートルズ史によみがえらそうと、フィル・スペクターが加えた過度な装飾や演出を取り払った『レット・イット・ビー…ネイキッド』を発表する。それにはボーナス・ディスクとして、ゲット・バック・セッションで録音された22分間の演奏と会話の断片を収録した「フライ・オン・ザ・ウォール」も収録されていた。

そしていよいよ2021年8月27日に、ゲット・バック・セッションを新しいコンセプトで編集した新作映画『ザ・ビートルズ:Get Back』が世界同時公開される。
『ザ・ビートルズ:Get Back』への期待
最後に、現在も編集作業が続けられている新作映画への期待をまとめておこう。
本稿の第1回でも触れたように、監督に指名されたピーター・ジャクソンの発言から推察すれば、新作映画ではアルバムの制作過程に焦点が当てられ、未公開映像や音源をたっぷり交えながら、アップル屋上とアップル・スタジオでのライブに至る過程を、現代の修復技術を駆使した映像とサウンドで表現してくれるはずだ。先行特別映像を見る限り、おそらく旧作で取り上げられたメンバー間の衝突のようなネガティブなシーンはほとんど使われない可能性が強いだろう。このセッションのひとつの側面である笑顔とユーモアに満ちたシーンがたっぷりみられるのはうれしいが、願わくばゲット・バック・セッションで演奏されたことが明らかになっている、新曲以外のセッション映像もぜひ取り上げてほしいものだ。
(2)録音されないままになっていたレノン=マッカートニーの初期作品の演奏シーン
(3)「ラブ・ミー・ドゥ」から「オール・トゥゲザー・ナウ」までの既発のビートルズ・ナンバーの演奏シーン
(4)最終的に『アビイ・ロード』に収録された曲の初期テイクの演奏シーン
(5)最終的にそれぞれのソロ・アルバムに収録された曲の初期テイクの演奏シーン
上記の曲のほんの一部は『レット・イット・ビー…ネイキッド』のボーナス・ディスク「フライ・オン・ザ・ウォール」でも公開されている。だが、監督が言うようにこの映画が「タイムマシンに乗ってスタジオに潜り込ませてくれる」ものであるのなら、リスニングルームでひとりこっそりとサウンドに「聞き耳を立てる」のではなく、スタジオに見立てた映画館の椅子に座って、素顔の4人が珍しい曲を楽しそうに演奏しているシーンを、大きなスクリーンで固唾を飲んで「のぞき見」してみたいのだ。とりわけ(1)(2)(5)はビートルズのルーツやその後のソロ活動を理解する上での貴重な音源になるだろう。
新作映画の関連リリースとして、8月31日には公式書籍『ザ・ビートルズ:Get Back』日本版(ハードカバー240ページB4変型判)がシンコーミュージック・エンタテイメントから発売されることが発表された。映画の素材となった録音テープから書き起こしたメンバーらの会話、イーサン・ラッセルやリンダ・マッカートニーが撮影した数百枚にのぼる未公開写真も収録されるという。ほかにも旧作映画『レット・イット・ビー』のリストア版発売が決定。正式発表はされていないが、新作映画のサントラ盤や未発表テイクなどを集めた『レット・イット・ビー』50周年記念盤の発売なども噂されている。映画の完成後に一気に発表されることになりそうだが、これらも楽しみに待つことにしたい。