2021年8月27日に公開が予定されているビートルズの新作映画『ザ・ビートルズ:Get Back』。旧作映画『レット・イット・ビー』と同じ時期に撮影された映像を使っているが、先行特別映像をみると雰囲気はまるで違う。その違いはどうして生まれたのか。この時期のビートルズに何があったのか。新作映画がより深く楽しめるように、現在明らかになっている当時のようすを、ビートルズ研究家の広田寛治氏が解説する。第2回は先行特別映像に出てきた映像が、どこで撮影されたものかを検証していく。[※特に注記がない場合、本文中の曲名で『』はアルバム名、「」は曲名を示している。例えば『レット・イット・ビー』はアルバム、「レット・イット・ビー」は曲名を示す]

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新作映画『ザ・ビートルズ:Get Back』と旧作映画『レット・イット・ビー』の映像として使われている「ゲット・バック・セッション」。「ライブバンドの原点にゲット・バック」するという目的で行われたセッションは、前半のトゥイッケナム・フィルム・スタジオでのセッションと、後半のアップル・スタジオでのセッションに大きく分けることができる)。本稿の中編と後編では、1970年5月に映画とアルバム『レット・イット・ビー』として発表されるまでを5つのステージに区分し、その実態をひもときながら検証する。
まずは第1ステージ、69年1月2日から15日まで、土日を除く10日間にわたってトゥイッケナム・フィルム・スタジオで行われたセッションから見てみよう。

亀裂が深まる第1ステージ
開催場所未定のまま、1月18日にテレビ番組用のライブを行うためにビートルズはリハーサルを開始する(ここまでの過程は前編「ビートルズ映画『ゲット・バック』 未公開映像に興奮」参照)。だが映画スタジオであるため音響が予想以上に悪く、レコーディング機材にも不備があり、最初の2日間はリハーサルも遅々として進まない。どこでどんなライブをやるのか、外部ミュージシャンをどうするのか、堂々巡りの議論は続く。土日を挟んだセッション3日目には、自分の曲にメンバーが関心を示さないことでやる気をなくし、ジョージが「ライブはやめよう」と言い出す。「トゥ・オブ・アス」演奏中には、ギターの演奏法を巡ってポールと口論。4日目には「解散」という言葉までも口にする。
それでも5日目からはセッションも軌道に乗りはじめ、6日目には珍しくジョンもやる気満々だった。しかし「ディグ・イット」演奏中にジョージと衝突。さらに開始から7日目の1月10日のセッション中に「ゲット・バック」の演奏法をめぐってジョージとポールが口論、その後にジョンとも衝突して、ジョージがグループ脱退を告げてスタジオを去ってしまう。
1月13日にはリンゴの家で緊急会議。ジョージも参加したが話し合いはまとまらず途中退席。15日に再び全員で話し合い、ライブを延期し観客なし予告なしで行うこと、まずはアルバム制作をめざしてアップル・スタジオでセッションを続けるということで合意する。
旧作映画『レット・イット・ビー』では、前半がこのトゥイッケナム・フィルム・スタジオで撮影されたものを使っている。冒頭の寒々としたスタジオに機材をセッティングしポールがピアノで即興演奏するシーンから、メンバーがそろってセッションが始まり「ドント・レット・ミー・ダウン」から「アイ・ミー・マイン」までの12曲を演奏するシーンだ。
旧作映画ではポールがジョンのギター演奏に注文をつけたり、ジョージと口論するシーンなど、メンバーの不和を印象付けるシーンがいくつも見られる。ポールとジョージの口論のシーンでは事実を曲げる編集もされているが(その前にポールがジョンに注文を付ける別の日のシーンが登場し、さらにポールとジョージの口論をジョンが仲裁したように見せている)、セッションの事実関係と照らし合わせるかぎり、焦点をぼかしながらも全体の流れや雰囲気はほぼありのままに描かれているように思える。
一方、新作映画『ザ・ビートルズ:Get Back』の先行特別映像では、トゥイッケナムでのシーンは断片的に数カット登場するだけだ。オノ・ヨーコ(ジョンの恋人で69年3月に結婚)とリンダ・イーストマン(ポールの恋人で69年3月に結婚)の談笑、ジョンとジョージがドラムを叩き、笑顔のヨーコと並んで座ってジョンがピアノを弾く、ジョンとポールが演奏中にふざけ合う、ポールが滑車でつり上げられるなど、すべてが意外性と笑顔に満ちたカットが選ばれている。意図的に「笑顔」が取り出されているのは明らかだ。ちなみにトゥイッケナムでのシーンはスタジオ壁面に赤青緑などの照明があてられているので、すぐに判別できる。