「いや、冗談、冗談」はもう通らない

しかし、この「笑いは必須」という義務感は永田町にだけ根付いているわけではない。笑いの進化から取り残されてしまったのに、「笑わせよう」という意識だけは強い人はビジネスシーンでも珍しくない。

経営者のスピーチやコメントでも、しばしば「受け狙い」に失敗するケースがみられる。しゃべりが得意で、サービス精神も豊かな経営トップが口を滑らせることがあり、余計なリップサービスが失言につながりがちだ。やはり笑いのセンスがずれているのに気づかなかったことが一因とみえる。春は入社式をはじめ、人前でしゃべる機会が増える時期だけにいっそうの注意が求められる。

対策を講じるうえで考えておきたいのは、そもそも「笑いは必要か」という点だ。気の置けない仲間とのプライベートなおしゃべりではない、仕事上の発言であれば、笑いの要素は必須ともいえないだろう。笑いとリスクがトレードオフの関係にあるのなら、笑いを捨てる選択肢があっていい。

とりわけ、責任の重い公人や経営トップの場合、「面白みに欠ける」と思われてまずい場面は少なそうだ。人柄を伝える必要のある状況ならともかく、常に笑いを織り込む必然性は乏しい。つまり、笑いはいらないのだ。

ましてや「冗談のつもりだった」と、後から弁明せざるを得なくなるようなデリケートなネタを盛り込むには及ばない。今回の森氏発言でも「本人は冗談のつもりだったのでは」とみる声が上がったが、冗談かどうかの見極めがつきにくい形でしゃべること自体、リスクが高い。

ましてや「後から『いや、冗談だったんだよ』とごまかせば済むだろう」という甘い考えを抱くべきではない。口から飛び出した言葉も災いも、口に戻す方法はない。後追いの弁明は聞き入れてもらえないと覚悟したほうがいい。

こういうふうに書くと、「それじゃ、冗談の一つも言えなくなっちゃう」と、混ぜっ返す人が必ずいる。あえて繰り返して言うが、まじめな席で冗談は言わなくていい。欧米の首脳のように、腕利きのスピーチライターが知恵を絞ってジョークを練り上げてくれるのでもなければ、素人考えの軽口をたたくのは、リスクを伴う。

せっかく手に入れたポジションや評価を、冗談の一言で台無しにしたくなければ、当たりさわりのない雑談のほうが安全といえる。冗談にはそれなりの技術が必要なのだ。

失言を避けるのに役立つ心得の一つは、意外にもバイデン米大統領が教えてくれた。東京五輪・パラリンピックの開催に関してバイデン氏は「安全に開催できるかどうかは、科学に基づいて判断されるべきだ」と述べた。

この「科学に基づいて」は「客観的な事実に即して」と言い換えられる。重要な判断を下す際の要件を指摘した発言だが、うっかり発言を防ぐのにも援用できそうだ。しゃべる前の段階で、「今から話す事柄に事実の裏付けはあるか」と自問すればいい。

「女性がたくさん」の森氏発言は数字の裏付けを持たない。つまり、言ってはならない「勝手な思い込み」の部類だ。本来は「誰かを不当におとしめたり傷つけたりしないか」と気を配るところだが、そういうデリケートな判断が難しいなら、せめて「数字・事実の証明」を条件付けて、うっかり発言を減らすように心がけてほしい。

冗談は長い間、放言の隠れ蓑として使われてきた。荒っぽい発言の直後に「いや、冗談、冗談」と言い添えれば、罪に問われないという、ずるい振る舞いが見逃されてきた。

しかし、今の時代にその「裏技」は通じない。職場のメンバーに多様性が広がるということは、これまで「冗談」をとがめ立てしなかった人たちばかりではなく、異議を申し立てる人も増えたことを意味する。全員が口をつぐむような同質性は既に失われつつある。

笑いは難しい。素人の手に余る。別に誰もが「必ず笑わせて」と求めているわけではないのだから、「何とか面白いジョークを一発」といった背伸びはやめてはどうか。いくらかきまじめに聞こえてもいいから、笑いをあきらめる。それが嗤(わら)われることを避ける近道だと思う。

梶原しげる
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

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