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コーヒー文化を輸出する 世界王者の新ドリッパー

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手にした銀色の細長いカップに、ケトルから細く、お湯を注ぐ。抽出されたコーヒーが底から滴り始めると、側面からも濃褐色の液体がジワリとしみ出し、筋を描いて伝わり落ちる。

豆は深めに焙煎(ばいせん)したエチオピア。酸味が上品にまとまり、しっかりしたコクと甘さと溶け合う。そして柔らかく滑らかな、ネルドリップで淹(い)れたような舌触り。

「濃くて、まったりした質感の、ネルっぽい味が好きな人は多いと思うんです。その良さを誰でも簡単に味わえるようにするのが、このドリッパーの狙いです」

そう語るのは自家焙煎店PHILOCOFFEA(フィロコフィア、千葉県船橋市)の代表取締役、粕谷哲さん。2016年、抽出技術を競うワールドブリュワーズカップ(WBC)でアジア人初の世界王者となり、最近ではファミリーマートのブレンドコーヒーの開発やダイオーズのオフィスコーヒーの監修でも知られる。

粕谷さんが手にした「ダブルステンレスドリッパー・粕谷モデル」は出来たての新製品だ。着脱可能なカップ状のドリッパーとスタンドの組み合わせで、抽出する時は手に持ってもサーバーに置いてもいい。カップの側面は微細な2重メッシュ。底面の穴はお湯抜けが良い配置を探って試作を繰り返した。ペーパーフィルターでは漉(こ)し取られてしまうコーヒーオイル(豆の油脂分)もネル同様に抽出されるので、マイルドな口当たりになる。

耐熱ガラス・コーヒー器具メーカーのHARIO(東京・中央)と1年がかりで共同開発した。ケトルも新製品で、通常は注ぎ口と一直線上にあるハンドルを横にずらし、手首に負担なく、湯量を微調整しやすいデザインにした。いずれも本体価格は5000円で、今春に発売される。

この新ドリッパーは「日本独特のコーヒー文化を、より多くの人に再認識させたい」という思いを実体化させたものだ。粕谷さんの表現を借りれば「日本のコーヒー文化の復活」。浅めの焙煎のスペシャルティコーヒーが、とりわけ世間の注目を浴び続けてきた昨今の潮流に一石を投じる。

「日本のコーヒー文化で特徴的なのが、深煎りの豆をネルドリップで、一杯ずつ丁寧に淹れるスタイル。やっぱりコーヒーって手ずから淹れるのが楽しいんですよ。ブルーボトルコーヒーの創業者も、これに感銘を受けた。でもネルフィルターは管理が面倒なので普及しない。それで昨年1月、HARIOさんに、僕は手間がかからない金属でやりたいと申し出たんです」

その後、新型コロナウイルスの感染拡大をうけ、フィロコフィアは通販の強化に踏み出す。国内だけでなく海外にも目を向け、国の「JAPANブランド」育成の補助金を得て越境EC(電子商取引)のサイト構築に着手した。そこでひらめいたのが「コーヒー文化の輸出」だ。

「海外に豆を売るだけじゃなく、新ドリッパーを生かして文化そのものも発信しようと考えました。幸い、僕の知名度は海外でのほうが高い。今のうちにこれを利用して、ネルドリップの味わいと、ネルのように淹れる時間の演出、スタイルを提案する。いわば、コーヒーを淹れる『楽しさ』も輸出しようじゃないかと」

まず照準を定めるのはアジア諸国。現地のイベントに赴き、ネルと新ドリッパーで深煎りコーヒーの抽出を実演したり。地元の店に新ドリッパーのアンバサダーをお願いしたり。「丁寧に淹れる深煎り」の魅力発信のアイデアは様々に浮かぶ。ただ、コロナ禍で粕谷さんは身動きがとれない。当面は動画での発信を試みながら、HARIOの海外ネットワークに期待をかける。

レトロ喫茶から大規模チェーンまで様々な業態が共存する市場。そこに息づく幾種類もの焙煎や抽出のスタイル――。日本のコーヒー文化は時代とともに多様性を増し、重層的に発展してきた。その豊かさは世界に誇れる。だが、固有の価値を積極的に海外に伝える発想は業界全般に乏しかった。ブルーボトルなど海外の同業者から"発見"されることはあったとしても。

粕谷さんが物静かに、淡々と語る構想を、漠とした夢語りと受け取る人もいるだろう。だが、これは気まぐれな思いつきではない。コーヒーの価値を、国の内外問わず「広く伝えたい」という欲求は、常に胸中にくすぶっていた。

「僕はコーヒーのあらゆることに関わり、コーヒーをあらゆるところに届けたい。そしてコーヒーの本当の価値やおいしさ、産業の実情とかを多くの人に伝えたいんです。一人ひとりの理解が深まれば、日本のコーヒー全体のレベルがきっと上がりますよ」

価値や情報を正確に伝えることで、市場がより良く生まれ変わる、という発想だ。

1984年生まれの粕谷さんは大学院を卒業後、IT(情報技術)コンサルティング会社に就職。3年後に1型糖尿病を発症した。ネットで調べると、コーヒーなら糖尿病でも飲めるという。そこで病院近くのサザコーヒーの店を訪れ、抽出器具一式を購入した。ところが自分で淹れてみると「ものすごくまずかった」。思い通りにいかない。それが興味をかきたてた。

病を得て人生観が変わった。「自分のやりたいことをして生きよう」。英国移住を思い立ち退職。とりあえずカフェで働く技術を身につけようと、実家から通える有名店のコーヒーファクトリー(茨城県つくば市)でアルバイトを始めた。「その時はコーヒーの道に進もうなんて思ってもいませんでした」

オーナーの古橋伯章さんは人材育成に定評がある。粕谷さんも中米の産地に連れて行ってもらった。農園で懸命に働く人々の姿を見て「これは適当にやる仕事じゃない、真剣に取り組もう、と思ったんです」。この時、コーヒーの背景にあるストーリーを多くの人に伝えたい、との思いが芽生えた。腕を上げ、発信力を高めたい。おのずと競技会への挑戦が視野に入った。

業界に足を踏み入れてからWBC王者になるまでわずか3年。どんな鍛錬をしたのか。

「プロとして最も重要なのは、何がおいしい味かを知ること。だから味覚トレーニングに最も時間をかけました。絶対的な味覚を持つ古橋さんがいたのは運が良かった。2人で徹底的に味を擦り合わせ、世界で主流の味も覚え込んだ」

WBCに挑むにあたり、粕谷さんは「4:6メソッド」という独自のセオリーを提唱した。抽出に使うお湯の総量の40%をまず2回に分けて投じて味わいをコントロールし、3投目以降の60%で濃度を調整する、という手法だ。念頭に置いたのは「誰でもおいしく淹れられるシンプルなセオリー」。感覚だけでなく、ロジカルと普遍性を重視。おいしさの「再現性」に重きを置くのはデジタル出身ゆえか。このメソッドにも「広く伝える」という信条が貫かれている。

店がある船橋市も「伝える」活動の主要な舞台だ。市内の東葉高校の学生向けセミナーでコーヒーの魅力を語り、地元の店を巻き込んだフェスティバルなどを開く「船橋コーヒータウン化計画」の拡充に精を出す。これらの発起人がフィロコフィアの共同経営者である梶真佐巳さん。「ドトールコーヒーショップ船橋駅南口店」をフランチャイズオーナーとして全国屈指の繁盛店に育て上げたすご腕だ。フィロコフィアも梶さんがかねて知り合いだった粕谷さんに声をかけて創業した。ともにコーヒーの味と技術、ビジネスを追究する、かけがえのない盟友だ。

梶さんと新たな事業展開を模索する傍ら、粕谷さんは「スペシャルティの豆の最適な深煎り」の味を探り続けている。既成概念にとらわれない、試行錯誤の繰り返し。新ドリッパーの開発も同様だ。もちろん不安もある。「どれだけネルについて詳しく知っているんだ? とか言う人もいそうで」

実は粕谷さんはWBC優勝の2年後、バリスタの競技会にも挑戦した。

「一度世界王者になったんだから、別の王者を目指す必要はない、とも言われました。でも、常に知識と技術はアップデートすべき、という心構えを示す使命感もあった」

結果的に日本大会の準決勝で敗退した。「でも、やっぱり挑戦して良かった。味の部分は単に技術不足。プレゼンテーションは褒められました。『より良く』は僕のキーワードの1つ。変わり続けることに意義がある」

現在地にとどまっていてはイノベーションは生まれない。もとはといえば、今ある抽出器具も、焙煎機も、みな先人たちが試行錯誤の末に生み出した。コーヒーは、創意工夫を楽しむ飲み物なのだ。その工夫の種は、日本にもある。広く伝える価値のある日本のコーヒー文化とは、決して守旧ではなく、新しい味を探る、時にラジカルな情熱だ。

(名出晃)

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