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痛みは「お化け屋敷」 不安におびえず、軽減より管理

愛知医科大学 学際的痛みセンター長 牛田享宏(最終回)

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NIKKEI STYLE

ナショナルジオグラフィック日本版
文筆家・川端裕人氏がナショナル ジオグラフィック日本版サイトで連載中の人気コラム「『研究室』に行ってみた。」。今回は「慢性的な痛み」について愛知医科大学の牛田享宏・学際的痛みセンター長に聞くシリーズを転載します。長く続く体の痛みが、心理や社会ともつながっていることを知り、上手なつきあい方を身につけることは、次世代の「一般教養」になるかもしれません。

◇  ◇  ◇

愛知医科大学・学際的痛みセンターの牛田享宏教授は、1990年代に整形外科医としてキャリアをスタートさせ、今では日本の「疼痛医学」を牽引する立場の一人だ。

整形外科というと、骨や関節にかかわることが多く、つまり、慢性疼痛ともかかわりの多い分野であるとはいえ、牛田さんはなぜ、その専門分野へと進むことになったのだろう。そのあたりを聞いてみた。

「僕は、香川県琴平町って、こんぴらさんで知られる田舎の町の出身でして、爺さんが町の医者だったんです。それで、親父はコンピュータエンジニアというか、工学部の教授でした。大学進学するときには、工学部か医学部ということで、結局は医者になろうと高知医大に行きました。学生実習でいろんな科を回ったときに、爺さんが『これからは年寄りが増えるんだから、整形外科がいいんじゃないか』って言うので整形外科に入って、もともと工学部も考えていたくらいで、電気が好きで、すぐに教授に言って、電気生理学のグループに入れてもらったんです」

当時の高知医科大学(現在は高知大学医学部)の整形外科では、脊髄の手術中に電極を入れて、神経を伝達する信号の波形から悪い部分を探る手法を活用していた。牛田さんが博士過程で携わったのは、まさにその神経伝達にかかわる研究だった。

「圧迫性脊髄症といって、椎骨が変形したりして脊髄神経が圧迫されて、手足が痛んだりしびれたりする病気があります。その圧迫を解除する手術のときに、脊髄に電極を入れてビーッと刺激すると、ちょうど圧迫を受けている悪いところで波形変化が起きるので、それを見ながら確認して手術をしていました。じゃあ、『なんで圧迫があると波形変化が起きるのか、おまえメカニズムを考えろ』って、指導教官だった谷俊一先生に言われまして、僕はコンピュータのプログラムを書けたんで、シミュレーションで確かめたというのが、僕の大学院での仕事でした」

このときの研究が実は、牛田さんがのちのち「慢性疼痛」にかかわるようになった第一歩でもあった。というのは、この波形変化による確認は大いに役立ったものの、その手術ですべて問題解決とはいかなかったからだ。

「圧迫があるところを確認して解除すれば効果はあるんです。でも、痛みがとれない人もいるし、手のしびれ感はほぼ全員に残る。中には手は動くようになったんだけど、前よりもビリビリ痛くて、こんな手やったら使えんやないかとか、いろいろ言われるんですね。それで、ネコの脊髄で実験をやり始めて、索路がどうつながっているのか見ていったんですけど、それでもなぜ痛みが残るかってよく分かりませんでした。当時は、整形外科の専門誌には、痛みの話題はあまり載っていなかったので、神経生理学系の雑誌を図書館で読みまくったりしていました。それで、アメリカで、神経障害性疼痛の研究を動物実験でやっているところを知って、それで留学したんです」

牛田さんが留学したのはテキサス大学医学部で、ラットを使った神経伝達の実験にあけくれる。ラットの脊髄後角、つまり、痛み刺激の信号が脊椎に入っていくところの細胞に電極を刺して、神経伝達の実験を繰り返した。

「当時はまだ、僕の関心は脊髄だったんです。頭、脳の問題だと思うようになるのはもっと後で、このときは脊髄でどう神経がつながっているからどうやったら治るのかということをひたすら考えていました。それで、日本に帰ってきて、30代なかばになって、自分が手術の術者になったときに、先ほどお話しした、アロディニアの患者さんに脊髄の神経を切る手術までやっていますから。そして、21世紀になって、04年、05年くらいにかけては、この件に関心のある少人数の集学的なユニットを麻酔科や精神科の先生と一緒に作って、いろんな治療をやってました」

牛田さんはこの時点で、今でいう「生物心理社会モデル」に近い考えを持つようになる。慢性疼痛というものは、怪我をしたときにダメージを受けた組織や、神経伝達路の損傷だけでなく、脳に入ってから起きることが大きく寄与していることと、その際には心理的、社会的な修飾を受ける、ということだ。これはもう世界の医学界では主流の考えになっており、牛田さんはそれを日本で臨床現場に取り入れた最初の一群の医師の一人となった。

「2007年になって、愛知医科大学に集学的な痛みの治療施設をつくるというので、声がかかって移ってきました。僕は、高知でも、さっき言った集学的なユニットを作ったり、患者会を立ち上げたりしていて、物事が動いていたので、すごく迷ったんですが、こっちに来ようと思った理由には、名古屋大学の教授で、愛知医科大学の教学監になった熊澤孝朗先生の存在が大きかったです。熊澤先生はもう亡くなってしまった先生なんですが、痛み研究では世界的な第一人者ですし、このセンターの名前『学際的痛みセンター』というのも熊澤先生の命名なんですよ」

2007年に愛知医科大学に移ってからの牛田さんの研究や臨床の取り組みは、これまでの連載でかなり触れた。これは実を言うと、厚労省が本格的に慢性疼痛対策を始めた時期と重なっている。

「2007年に愛知医科大学に来て、高知でやってきたようなものをもう少しスケールアップしたような外来を少しずつ作っていきました。そんな中、09年に慢性の痛みの検討会っていうのが厚労省で行われることになって、それに呼ばれて、10年からは本格的に慢性疼痛対策事業が始まりました。それから数年後に文部科学省も『わが国の医療現場において、特に人材が不足している領域』として慢性の痛みを挙げて、人材育成プランっていうのを作りましたし、まあ、徐々に動いてきているわけです」

それでは、慢性疼痛治療について今後の課題とはなんだろうか。

「色々ありますけど、ひとつは、今の医療の現場って、縦割りなんですよ。でも、痛みというのは、もっと横断的なものなので。僕たちの『痛みセンター』が『センター』なのは、いろんなところの専門家が一緒にやりやすいからです。そこに『学際的』という言葉までつけてますし。そんな中で、今後、独立して『痛み』を専門的に教える講座、診ていく診療科になっていくべきなのかどうか、というのは検討しなければならないところですね」

痛みについて扱うセンターは、どうしても診療科をまたぐ横断的なものにならざるをえない。そもそも、痛みというのは、人が病院に行く理由の中でも、もっとも多い理由の一つでもあって、それらが同じ仕組みや、同じ背景を持っている場合が多いのに、各診療科に分断されて扱われてきた。痛みにかかわる医師は、とことん専門的でありつつ、横断的であることを求められる。では、今後、専門性を高めて「診療科」になるべきか、それとも、「センター」でありつづけるべきか。今、日本各地二十数カ所ある、「痛みセンター」的な診療機関が共通して持つジレンマだそうだ。

さらに、現状では、痛みの専門家に見える医師たちにも、疼痛治療の基本的な考え方が共有されていない場合があるのも問題だという。

「2018年に、慢性疼痛治療のガイドラインをかなり急ぎで作ったのも、今できることを一番安全な形でやる、変なことをやらせない、という意図でした。例えば、モルヒネ漬けの人をつくらないとか。かえって中途半端に分かっている医師が、ものすごい量のモルヒネを投与したりします。終末期のがんでもないのにどんどんモルヒネなどのオピオイド系鎮痛剤を使って、そこから脱却できないような人をつくってしまったりとかいうのもあります」

日本では、ターミナルケアでもモルヒネをあまり使わないからもっと使うべきだという議論をこの十年、二十年の間、よく見かけたと記憶するけれど、牛田さんが言っているのはさらに一周先の話だ。今、「先進国」であるアメリカでは、交通事故死よりも多くの人がオピオイド系鎮痛剤(モルヒネを含むケシ由来の化学物質)の過剰摂取などで亡くなっており、「オピオイド危機」という言葉まであるほどだ。

「今まで、がんやがんの治療に由来する痛みを慢性疼痛の研究班では扱ってこなかったんです。でも、そろそろやらないといけないと思っています。今はもうがんでは亡くならない時代になってきつつある中で、例えば、放射線治療や化学療法で、神経障害、組織障害が起こったときに出てくる慢性疼痛をどう扱うのか。進行性でもう亡くなっていく方なら、意識がなくなるギリギリのレベルまでのモルヒネを入れてあげるのも選択肢ですけど、そのまま20年も続けるにはいかないわけです。やっぱり、立って歩いて、自分の意志を表出して、社会生活をしていかざるをえないわけですから。さらに、非がん、がんじゃない人に強いオピオイド鎮痛薬を処方するケースも出てきており、それも新たな問題です」

実際にオピオイド鎮痛剤を多く使っても症状が改善せず、困り果てて「痛みセンター」にやってくる例も出てきており、牛田さんも、日本慢性疼痛学会も、「非がん」でのオピオイド鎮痛薬使用には慎重な立場だという。

そして、もっと長い目標で考えたときには、痛みについての「一般教養化」が必要ではないかというのが牛田さんの見解だ。

「医学生にちゃんと教えるというのはもちろんで、もうすぐ『疼痛医学』の教科書もはじめて出ます。これは、医学にかかわる者にとって感染症や感染制御の知識が必須であるように、当たり前にならないと困るんです。でも、実は、大学ではなくて、もっと一般教養的なもののところにも落としこんでいけないかとも思っています。痛みのことをもう少し多くの人に理解してもらうことによって、痛みがあっても困らない、対応能力の高い人が増えれば、そうそう大きな問題は起きにくくなるんじゃないかということです」

これはつまり、中学や高校の保健体育のレベルで、痛みというものの本質というか、成り立ちを理解するべきだという話だ。たしかに、痛みというのは、すべての人がかかわるものなのだから、今回、聞いてきたような、生物学的・心理的・社会的なものの上にあることが常識になれば、悪循環にはまる前に対処できる人が増えるだろう。

「僕はよく『お化け屋敷論』って言うんですけど、どこから何が出てくるか分からないからお化け屋敷なんであって、上からみたお化け屋敷ほど間抜けなものはないぞ、と。痛みについても、不安が大きく作用するので、これは怖くないというのが分かったら、そんなに怖くないわけです」

すごく逆説的に響くかもしれないが、慢性疼痛の治療の第一目的は、痛みを減らすことではなく、患者がみずから「痛みの管理」をできるようにすることだ。もちろん、痛みを減らすためのあらゆる努力を行うわけだが、かといって鎮痛薬で一日中眠っているような状況は、目標として適切ではない。結局、痛みとつきあいつつ、生活の質や、日常生活での動作をできうる限り向上させるというのが、最重要なことだという。

以上、牛田さんから受けたレクチャーの内容をなんとか伝えようと努力してきた。そして、これだけ言葉をつくしたにもかかわらず、その全体像をうまく素描できた確信がない。きっといくつかの重要な論点を落としてしまったかもしれないと不安になる。

「痛み」というのは、本人にとっては本当に切実なのに、いざ捉えようとすると、つくづく、不定形のアメーバのようで、常に形を変えていく小魚の群れのようだ。牛田さんが実感を込めて語った表現をぼくも少しだけ追体験した気がする。

いずれにしても、多くの人が人生の中で直面する慢性的な痛みについて、「破局的な思考」に落ち込まず、悪循環にはまらずにやっていくための知恵を構築するのはものすごく大事だ。そのためには、自分自身の「心理的」な部分はもちろん、「社会的」に積み重ねていくべきものの多かろうと強く感じているところだ。

=文 川端裕人、写真 内海裕之

(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2020年1月に公開された記事を転載)

牛田享宏(うしだ たかひろ)
1966年、香川県生まれ。愛知医科大学医学部教授、同大学学際的痛みセンター長および運動療育センター長を兼任。医学博士。1991年、高知医科大学(現高知大学医学部)を卒業後、神経障害性疼痛モデルを学ぶため1995年に渡米。テキサス大学医学部 客員研究員、ノースウエスタン大学 客員研究員、同年高知大学整形外科講師を経て、2007年、愛知医科大学教授に就任。慢性の痛みに対する集学的な治療・研究に取り組み、厚生労働省の研究班が2018年に作成した『慢性疼痛治療ガイドライン』では研究代表者を務めた。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、夏休みに少年たちが川を舞台に冒険を繰り広げる『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその"サイドB"としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、「マイクロプラスチック汚染」「雲の科学」「サメの生態」などの研究室訪問を加筆修正した『科学の最前線を切りひらく!』(ちくまプリマー新書)
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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