大きな課題はサービスを利用者にどう届けるか。葬儀社と提携しようと片端から電話をかけたが、断られ続けた。「若者が業界を荒らしに来た」と警戒され、「オンラインで……」という言葉を出すだけで切られることもしばしば。葬儀を手軽なものに代替するとの誤解もあったが、あくまで葬儀を補うものであることを訴えた。200社以上に連絡を取り、9社との提携にこぎつけた。

その1つ、むすびす(東京都江戸川区)の加藤勉副社長(45)は前田さんらの熱心な訴えを聞き「自社と同じ考え方を持っている」と感じたという。そのうえで「葬儀に参加できない人にも気持ちを収め、新たな一歩を踏み出す場を提供するというのは、我々もできていなかった」と話す。「若い世代が業界を中から変えてくれるのでは」と期待した。

前田さんの思いは仏語の「無常」に由来する社名にも込められている。この世のものはすべて移り変わり、永遠のものはない。この考え方を大切にしたいと思ったきっかけは高校時代にある。

前田さんは東京都出身。打ち込んでいた野球を肩の故障で続けられなくなった中学のころ、離島にある島根県海士町(あまちょう)の合宿イベントに参加した。よそ者を受け入れてくれる感覚が心地よく、釣りが大好きだったこともあり、同町にある隠岐島前高校への進学を決めた。

海士町は地域活性化の先進地として知られていたが、住民の心理は複雑だった。ある漁師は「自分たちの代でこの集落から人がいなくなるからな」と口にしながら、次に会ったときには「俺の船やるからここに帰って来いよ」と声をかけてきた。過疎化によって故郷を次世代に引き継ぐことはできないと考えながら、諦めきれずに罪悪感や後ろめたさを感じている。こうした感情を払拭し、島民が前向きに尊厳をもって「生き切る」ことはできないだろうか。そんなことを考えた。

「衰退」「終わり」はネガティブなだけ?

高校の3年間で前田さんがたどり着いたのが「集落の終活」。19年春に任意団体「ムラツムギ」(20年2月にNPO法人化)を設立し、過疎地の住民や出身者の支援に動きだした。経済成長や発展のみを正解とする物差しで測ると、「衰退」や「終わり」はネガティブなものでしかない。でも、集落から人がいなくなるのは、連綿と続く変化の節目にすぎないと考える。つまり「無常」を受け入れたうえで、土地の記録作成や空き家の整理に協力している。

祖父の葬儀後、民俗学や日本の哲学者の本を読み漁り、さらに考えが深まった。古来、日本人は自然を受け入れて生きてきたのに、いつの間にか自然をコントロールしようとし、制御できないものを排除したりタブー視したりするようになった。「自分がやりたいのは死をポップに語ろうとか、そういうことじゃない。『無常ルネサンス(復興)』なんです」

オンライン「葬想式」の活動を通じてメンバーにも変化が出ているという(左から杉村さん、前田さん、佐々木さん)

むじょうでの活動を通じ、メンバーの生き方、考え方にも変化が出ている。先延ばしにすることと今やることの区別を、いつも意識するようになった。会社経営においてもそうだ。これまで融資を受けることは考えていなかったが、最近は「生きている今の時間が大事。資金が足りなくてやりたいことが滞るなら、借り入れも必要だ」と考えるようになった。

葬儀と向き合うことで、一人ひとりの生の重さを感じる日々。今の自分が何か行動するかどうかの基準について前田さんは語る。「判断の軸は『生き切れるかどうか』。生きるうえでの物差しは人それぞれですけど、自分の中ではこれがそうなんですよね」

(ライター 高橋恵里)

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