日経ナショナル ジオグラフィック社

社会の底辺で生きるということ

社会の底辺で生きるとはどういうことかを、シェフのショーン・シャーマンさんは身をもって体験している。彼は、全米でも有数の貧困地域であるサウスダコタ州パインリッジ先住民居留地で生まれ、政府から支給された牛肉の缶詰や粉乳で育った。

8900平方キロの居留地の中に食料品店はたった1軒しかなく、健康的な食品を手に入れるのはほぼ不可能だった。13歳の時に、シャーマンさんは居留地の外にあるレストランで皿洗いのアルバイトを始め、その後見習いシェフに昇格し、ついには『ニューヨーク・タイムズ』紙のベストセラーリストにも載る料理本を出版するまでになった。

植民地時代以前に米大陸の先住民たちが食べていたという食材を使って、料理の研究をするショーン・シャーマンさん(PHOTOGRAPH BY DAVID GUTTENFELDER)

シャーマンさんは現在、ビジネスでも私生活でもパートナーであるデイナ・トンプソンさんとともに、先住民の人々に健康的な食生活の大切さを広める活動を行っている。トンプソンさんもまた、先住民ダコタ族の子孫だ。

「先住民の間では、2型糖尿病、肥満、心臓病の罹患(りかん)率が驚くほど高いです。また、食中毒も頻繁に起こっています。政府による食品プログラムに依存しすぎた結果です」

シャーマンさんは、農作物や家畜、先住民を取り巻く伝統を活用した持続可能な食生活への青写真を提供したいと話す。「こうした知識の多くは、長い時間をかけて少しずつこの地球上から消え去ってしまいました」

先住民は、ミネソタ州の人口のわずか1%しか占めていないが、貧困層に占める割合は3%に上る。昨年実施された米国勢調査によると、同州では先住民の約31%と黒人の29%が法定貧困レベル以下で生活していた。一方、白人は6%が貧困層だった。

シャーマンさんとトンプソンさんは1年かけて資金を集め、ミネアポリスにある古い建物の一室で先住民フードラボを開設した。そして昨年、そこからわずか2キロしか離れていない路上で、ジョージ・フロイドさんの殺害事件が起こった。

裕福な国の厳しい現実

シャーマンさんたちは、20年6月にミネソタ・セントラル・キッチンの活動に協力し始めた。週に80時間働き、地元の食材を使った食事を1日300~500食準備した。最初の頃、トンプソンさんは食事の配達も手伝っていた。一時は500人が生活していたというテント村を訪れてみると、その多くが先住民だったという。

「彼らは小さな社会を形成して、ティピー(かつて米国先住民が使っていた円すい形のテント)や、寄付されたテントの中に住んでいました。子どももたくさんいました」。感極まって涙を流しながら、トンプソンさんは訴える。「本当に、信じられない光景でした。こんなにも裕福な国で、あんなことがあっていいのでしょうか」

シャーマンさんとトンプソンさんは、20年11月に新型コロナウイルスに感染したが、数週間後には仕事に戻っていた。

ケイトリン・ナットソンさんは、大学で環境生物学を専攻し、昨年5月に卒業したが、パンデミックのため就職先が見つからず、生活に困っている人々に無料の食事を配達する非営利団体「インボルブ・ミネソタ」で働き始めた。この団体は、ミネアポリスの警察官グラント・スナイダーさんとその妻メラニーさんが、地域のホームレスや貧困者を支援するために昨年立ち上げた。スナイダーさんは、自分の活動を人に話すのは好きではなく、自分に焦点が当たることも望んでいない。

仕事で数十年間、人身売買の捜査に関与してきたスナイダーさんは、人身売買の全国的な専門家として認められている。そのスナイダーさんによると、人身売買の餌食になるのは概して、貧しく空腹で、孤立し、「想像を絶する困窮」に陥った人々だという。スナイダーさんは、自由な時間のほとんどをインボルブ・ミネソタの活動に充て、食事や衣服、その他のサービスを、必要な人々へ届けるための支援を行っている。ただ、自分は表には出たくないという。

生活困窮者のための食事を作るチャウガールズ・ケータリングのシェフ、アリアナ・ベーカー・カーンさん(PHOTOGRAPH BY DAVID GUTTENFELDER)

次ページでも、コロナ禍の中でも助け合おうと奮闘する飲食業界の人々の姿をご覧いただこう。

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