経済成長と地球環境の両立は、コロナ禍における経済と医療の両立と同じ構図でもあります。このような矛盾を包含したビジョンは、人々を不安定にさせ、目指す方向も大きくブレやすいものです。例えば、エシカル消費を増やすことが地球環境に大事と推進していったとして、あるとき、「このままじゃ地球環境を維持できない」となると、「エシカル消費も悪!」「これからはリユースだ!」などと善悪の基準すら変わりかねません。

このような「正解のない時代」は「不安な時代」と感じる人もいますし、一方でとても「自由な時代」と感じる人もいます。正解を探すと不安ですが、正解がないなら自分で決めればいいと考えることができれば、これほど良いことはありません。

私たち個人のもつべき「問い」は、「どんな社会になるのだろうか」と受け身になるのではなく、「こんな社会にできないだろうか」になるのではないでしょうか。誰もが、未来を「主体的に関わるもの」にしていけるはずです。

短期的成果を求める「ファストイノベーション」。それに対して社会課題解決など一筋縄では行かない変革を起こすために、ステークホルダーとの信頼関係を構築し、プロセスを大切にするのが「スローイノベーション」です。

これを手段と目的を逆にして表現すると、スローイノベーションは社会的に豊かなつながりを生み、ファストイノベーションは競争と対立を生む。それゆえ、ファストイノベーションのプロジェクトは終了するとパッと解散してしまいますが、スローイノベーションのプロジェクトは、終わった後も関係が続き、第2、第3の続編的なプロジェクトが生まれやすいのです。

地域を限定することで社会課題を明確にし、ユニークなイノベーションを生み出す(「京都をつなげる30人」の活動)

この本質的な違いは、ファストイノベーションに使う時間は「コスト」なので、成果が出なければすべて無駄になるという点です。一方で、スローイノベーションのために使う時間は「アセット(資産)」になります。個人としての成長、ステークホルダー間の信頼関係など、スローイノベーションに関わること自体がより良い社会の一員になっているという感情を生み出します。

つまり、「スローイノベーションは参加することに意義がある」ということです。スローイノベーションそのものがアセットなので、スローイノベーションのプロジェクトが多数起きていること自体が、良い社会だと私は考えています。スローイノベーションが広がれば、多くの人が「社会に対する信頼」を高めることができるのです。

スローイノベーションを全国に広げる仕組みとして、「つなげる30人」のプラットフォームがあり、当社も協力しています。すでに5年を迎える「渋谷をつなげる30人」、2019年から始まった「京都をつなげる30人」「ナゴヤをつなげる30人」「気仙沼をつなげる30人」、そして2020年から「まちだをつなげる30人」と「横浜をつなげる30人」がスタートしました。

「つなげる30人」は、地域を限定することで社会課題を明確にし、地域を代表する幅広く多様なステークホルダーとの関係性を再構築することで、その地域のユニークなイノベーションを生み出すアプローチだと自負しています。

答えのない未来。だからこそ、自由がある。短期的成果が出にくい社会。だからこそ、スローなプロセスに自分の居場所を見つけることができる社会。誰もがより良い社会をつくる貢献者として生きることができます。それこそが「しなやかな参加型社会」ではないかと、私は思います。

野村恭彦
1992年、慶応義塾大学大学院理工学研究科修了、富士ゼロックス入社。2016年度から渋谷区に関わる企業・行政・NPO横断のイノベーションプロジェクトである「渋谷をつなげる30人」をスタート。2019年10月1日、地域から市民協働イノベーションを起こすための社会変革活動に集中するためSlow Innovationを設立。KIT虎ノ門大学院教授、国際大学GLOCOM 主幹研究員。
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