なぜステップズームを採用したか

合宿や展示会への出品を通してプロトタイプは徐々に進化。初期段階で横長だったボディーは持ちやすさを考慮して縦長になり、本体上面にあったシャッターボタンは押下時のブレを少しでも軽減するため下面へ移動。最終的に側面にボタンはなく、右手でも左手でも使えるデザインになった。「従来のカメラはグリップやシャッターが右側にあるため右利きの人に向いたデザインだが、PowerShot ZOOMはどちらの手でも直感的に使える」(深井氏)。スポーツ観戦で応援グッズなどを持っていても、もう片方の手でとっさにカメラを構えられるのは大きなメリットだ。

本体を握るようにして使用する。側面にボタンがないため、右手でも左手でも操作できる

当初のプロトタイプにはスマホと接続するコネクターも用意されていたが、製品版ではブルートゥースやWi-Fiでのワイヤレス接続に変更。島田氏は「発想はユニークだったが、フィールドテストの結果から実際の使用感には疑問が残った。ユーザーの使いやすさやストレスを最優先で考え、最初にあった仕様や機能も大胆にそぎ落としていった」と話す。

最大の武器であるズーム機能がステップ式であることも同様の理由だ。一般的なズームレンズや双眼鏡のように無段階のズーム機能が欲しいという声もあるが、島田氏によれば「一眼カメラの交換レンズの使われ方のデータを調べてみると、望遠ズームレンズの場合は、ワイド端とテレ端が最終的な撮影結果の8割を占めることもある」という。そのため、構造がシンプルで大幅な小型・軽量化に貢献できるステップ式ズームを採用。結果的に倍率の切り替えを瞬時に行えるようになり、ズーム利用時にありがちな遠くの被写体を見失ってしまうというストレスも軽減できるようになった。

メニューの構成はかなりシンプル。ファインダーをのぞき込みながらボタンを押し、メニュー項目を移動する仕組みなので操作にはやや慣れが必要

こうして最終版となった製品はクラウドファンディングで先行販売するフェーズに移行するが、同社がMakuakeに出品するのは実はこれが2度目だ。19年10月には、カラビナのようにバッグやベルトに引っ掛けて携行できる約90グラムの超小型デジカメ「iNSPiC REC(インスピックレック)」をMakuakeで先行予約開始。約13時間で目標の13倍となる支援金額を集め、1000台が完売したという実績を残している。「ただiNSPiC RECは約1万5000円の製品だが、PowerShot ZOOMはその2倍以上の価格。果たしてどれだけの人が反応してくれるか全くの未知数だった」(島田氏)。しかし、そうした不安をよそにPowerShot ZOOMは第1弾を上回るスピードで完売。冒頭のようなMakuake最速となる記録を打ち立てた。

望遠を楽しむためのカメラ

実際に使ってみて、まず驚くのが起動の速さだ。電源ボタンを押してのぞき込めば電子ファインダーに遠くの景色がすぐに表示される。沈胴式レンズがゆっくりとせり出すといったコンパクトデジカメにありがちな待ち時間は無く、ズームで見たいシーンを逃さないのは大きな強み。ファインダーで見ている景色をワイヤレス接続したスマホの画面に表示できる「リモートライブビュー」など、望遠を複数人で楽しめる連係機能も魅力だ。

本体はメモリーカード込みで約145グラムと軽く、映像表示時間は約70分と長め。USB Type-C端子を搭載し、コンセントやモバイルバッテリーなどから充電する仕組みだ。

撮影データはマイクロSDカードに記録し、USB Type-C端子で充電を行う。USB Power Delivery(PD)に対応

やや気になったのが撮影画質だ。静止画の記録サイズは4000×3000ドットだが、撮像素子のサイズが1/3インチとカメラとしては小さめのためか、解像感はそれほど高くはない印象。また、最大望遠の「800ミリメートル」はデジタルズームのため、実際には光学ズームの400ミリメートルで見たものを引き伸ばした画質になる。島田氏は「画質も重要だが、この製品の場合、ポケットから簡単に取り出せて、片手で持てるサイズ感をまず重視した」と語る。「作品」を撮影して残すというよりも、あくまでも「望遠を楽しむ、記録する」という目的に向いていると言える。

100ミリメートル、400ミリメートル、800ミリメートルのズームで撮影した画像。解像感はそれほど高くはないが、離れた場所の様子はよく分かる

当初のターゲットとしていたのはスポーツ観戦や自然観察、旅行などだが、Makuakeでの展開や一般販売を通して、セキュリティーや報道関係などの法人需要の声も増えているという。これまでにない「片手で使えるズームカメラ」は、望遠の新たな価値を切り開く存在になりそうだ。

動画の撮影解像度はフルHD(1920×1080)。ややのっぺりとした単調な画質だが、動画スナップ的な用途であれば十分だ

(日経トレンディ 佐々木淳之)

[日経クロストレンド 2021年1月27日の記事を再構成]

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