新築マンション、完成前に契約 買い手に大きいリスク
榊淳司 後悔しない住まい選び(5)
東京五輪・パラリンピックの選手村の跡地を転用する「晴海フラッグ」というマンションの話題を報道でよく見かけるようになりました。場所は東京都中央区の晴海というところです。公式サイトによると、最寄り駅は都営大江戸線の勝どきで、駅から歩いて16分~21分で各棟の敷地に着きます。分譲される総戸数は4145戸という規模です。
このマンション、選手村として使った後に分譲マンション用に改装して2023年の春以降に引き渡す予定でした。そのスケジュールをもとに18年の秋ごろから広告を始め、翌19年の7月には販売を始めました。販売開始時点で建物が引き渡されるのは3年半以上も先でしたが、物件価格の1割程度の手付金を払って購入の契約を結ぶ人が大勢現れました。
引き渡しは3年半以上も先
3年半以上も先にやっと住めるようになるマンションの購入契約を結ぶのは、ちょっと勇気のいることではなかったでしょうか。販売が始まった翌年の20年、世界は新型コロナウイルスとの闘いを始めざるを得なくなりました。同年3月下旬に東京五輪・パラリンピックの開催延期が決まったことは、みなさんの記憶にも新しいところでしょう。
五輪の延期によって引き渡しも延びたことで、売り主側は購入を契約した人に手付金を返還したうえでの解約を認めました。
このマンション、本当に住めるのはいつになるのでしょう? 現状の予定通り、ことし21年7月に五輪が開催できれば、1年の遅れで24年春以降の引き渡し、ということになりそうです。しかし、7月に五輪が開催できるかどうか、先行きは何とも不透明です。
売り主側、早めの販売で金利負担を軽く
そもそも、なぜ引き渡しまで3年半以上ある時点で売り主側は購入希望者との正式な契約を結んだのでしょうか。
一般的に、新築マンションの販売活動は建物が完成する1年から1年半ほど前に始めます。その理由は、売り主としてなるべく早く購入者を確定させておきたいからです。さらに、マンションの開発資金は銀行の融資で賄っていることが多いので、購入を契約した人から支払われた手付金でその一部でも返済することができれば、金利負担を軽くできます。
マンションの建物が竣工した直後に購入契約者にすべての住戸を引き渡して、販売価格の残金を支払ってもらえば(購入者の多くは住宅ローンを利用して支払います)、開発のために借り入れた融資額を全額返済でき、それ以降の金利負担はなくなります。
このため、売り主側にとっては「建物完成時点での全戸の引き渡し」が理想の販売スタイルとなります。そのためには、建物が竣工するまでに全戸の販売契約が完了していなければなりません。晴海フラッグも4145戸という大規模な開発なので、少しでも早く販売を始め、建物の完成までにできるだけ多くの契約を得たかったのでしょう。
リスクの大半は買い手が背負う
ところが、誰も予想しなかったコロナが世界規模でまん延したことで、マンション業界でも予定が大きく狂ってしまいました。それは売り主側も買い手側にもいえることです。
売り主側はいつ事業を完了できるか見通せなくなりました。買い手側は、いつ新生活が始められるのか予定を立てにくくなりました。子どもの就学に合わせて新居への引っ越しスケジュールを組んでいたような家庭では、かなり目算が狂ったはずです。
私がマンションの購入について相談を寄せる方に常々申し上げているのは、引き渡し・入居まであまりに時間がある場合の購入契約は、その期間分の異変リスクを背負い込むことでもあるということです。
例えば、住宅ローンは実行時の金利が適用されます。マンションの購入契約を結んだときには、その時点の条件で銀行の仮審査を受けます。そこでOKが出ても、実行時には条件が変わって融資が下りないケースもあるのです。可能性は低いのですが、仮審査のときに比べて金利が上がっていることもあります。その場合、住宅ローンの支払額は予定していたものよりも多くなり、世帯によっては家計に大きな負担となります。
また、本人の過失によって本審査が通らなかった場合、手付金返還による購入の解約が認められません。例えば、マンションの購入契約を結んだ後、趣味で高額な外車を買うためにカーローンを組んだ場合などは、それが原因で本審査が通らないことになりかねません。そのような場合、手付金返還の解約が認められない可能性が高くなります。
新築マンションの販売現場では、売り主側は少しでも早く購入契約を結ぼうとします。なぜなら、そのことによるメリットは売り主側に多く生じ、一方でリスクの大半は買い手が背負うからです。
大きな買い物、冷静に判断を
「このチャンスを逃すと買えなくなります」「ほかにも大勢買いたい人が待っています」「今決めることが『勝ち組』につながります」。こういった営業トークは売り主側の常とう句です。
売り主側が説明するケースが皆無とは言いませんが、ほとんどは買い手側の思考を停止させる意図をもって発せられていると言っても過言ではありません。大きな買い物を決断するときには、ゆっくりと冷静に考え、判断することが大切です。
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「一生の買い物」といわれる住まいの購入。誰しも失敗はしたくないでしょう。戸建てやマンションの最新情報のほか、販売業者などの事情にも精通する榊淳司氏が、後悔しない住まいの選び方をアドバイスします。
住宅・不動産ジャーナリスト。榊マンション市場研究所を主宰。新築マンションの広告を企画・制作する会社を創業・経営した後、2009年から住宅関係のジャーナリズム活動を開始。最新の著書は「限界のタワーマンション」(集英社新書)。新聞・雑誌、ネットメディアへ執筆する傍らテレビ・ラジオへの出演も多数。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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