日経ナショナル ジオグラフィック社

「スピノサウルスがイルカのように高速で泳ぐ捕食者だとは誰も言っていません……スピノサウルスと同じ河川に暮らしていた獲物を見てください。巨大なシーラカンスなど、動きの遅い水生動物がいます」

「ティラノサウルスは俊足ではありませんでしたが、トリケラトプスを追い掛けるには十分でした」とイブラヒム氏は補足する。「それで事足りるのです」

新たな解釈、続々と発表

スピノサウルスがどのように暮らし、行動していたかについて、科学者たちの見解が一致しないのは驚くことではない。古生物学では、専門家が調査できる化石は限られている。タイムマシンでもない限り、最善の努力が正しいかどうかを確認するすべはない。

状況をさらに難しくしているのは、スピノサウルスが特に厄介な生き物であることだ。スピノサウルスは恐竜の基準からすると奇妙な存在であり、現存するどの生き物とも異なる。

先に述べたように、スピノサウルスは体長約15メートルのうろこに覆われた捕食者で、背中に高さ2メートル弱の帆を持っていた。他にも重要な証拠がいくつかあったが、もはや調べることはできない。1900年代初頭にスピノサウルスを初めて定義したエジプトの化石は、第2次世界大戦中、ドイツ、ミュンヘンの爆撃で破壊されてしまった。

それでも2014年まで、スピノサウルスが魚を食べていたという考えは古生物学者たちにおおむね受け入れられていた。アフリカ、アジア、ヨーロッパ、南米で数十年かけてスピノサウルスの近縁種を発見、研究してきた古生物学者たちは、スピノサウルス科は主に魚を食べる恐竜で、おそらく海岸や川岸に暮らし、浅瀬で捕食していたと考えた。イブラヒム氏のチームはこの仮説をさらに発展させ、スピノサウルスはほとんどの時間を水中で過ごすように適応していたとする説を2014年の論文で主張した。

とはいえ、すべての科学者がイブラヒム氏に賛同したわけではなかった。2018年、カナダの古生物学者ドナルド・ヘンダーソン氏がコンピューターシミュレーションを使い、スピノサウルスの浮力、重心、そして背中の大きな帆は泳ぎに適していないと主張した。

しかし、さらなる驚きが待っていた。イブラヒム氏の研究の中心となった骨格は、モロッコのサハラ砂漠にある砂岩の露頭で発掘されたもので、ワニのような頭蓋骨、異常に短い後肢、ペンギンに似た密度の高い骨など、興味深い特徴を持っていることがすでに知られていた。さらに2020年4月、イブラヒム氏のチームは学術誌「ネイチャー」で、この標本には奇妙な形をした極めて柔軟な尾があることを明らかにし、水中で前進するためのパドルだったという解釈を披露した。

米ハーバード大学のバイオロボティクス研究室で行われた実験では、スピノサウルスの尾の輪郭は、現代のワニほどではないものの、近縁種の尾に比べると水中で効率的に推力を生み出すと示された。さらに2020年9月、別の論文で、モロッコの古代の河川堆積物から不釣り合いなほど多数のスピノサウルスの歯が見つかったと発表された。

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泳いだ証拠か、歩いた証拠か
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