日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/2/20

ヒントは『アナと雪の女王』に

ヒントと情報は意外なところにあった。2013年のディズニー映画『アナと雪の女王』で雪の動きが見事に描かれていたことに衝撃を受けたゴーム氏は、どうやって表現したのかをアニメーターに聞いてみることにしたという(ウォルト・ディズニー・カンパニーはナショナル ジオグラフィックパートナーズの主要株主です)。

ゴーム氏はハリウッドを訪ね、作品中の雪の効果を担当した専門家に会った。それから、映画の雪のアニメーションのコードを自分の雪崩シミュレーションモデル用に修正し、雪崩が人体に与える衝撃をシミュレートした。

それには、雪崩に巻き込まれた人体にかかる力や圧力の現実的な値が必要だ。その情報は自動車産業から得られた。

「米ゼネラル・モーターズ(GM)が1970年代に100体の死体の肋骨を折る実験をしていたことがわかったのです」とプズリン氏は言う。自動車事故の際に車内の人がどうなるかを調べるために、「さまざまな重さのおもりを、さまざまな速度で、死体にぶつけたのです」。こうして得られたデータは、のちにシートベルトの安全性の基準に役立てられることになった。

幸運だったのは、GMの実験で、死体を硬い支持体に固定した場合と、そうでない場合についても検証されていたことだった。実は、ホラート・シャフイル山の一行は、スキー板の上に寝具を置いて寝ていたのだ。両氏はこのデータを使って、テントで寝ている間に雪崩に巻き込まれた人々が受けた衝撃を正確に知ることができた。

両氏のコンピューターモデルは、この条件下では、登山者たちの肋骨と頭蓋骨を折るには長さが5メートルの雪塊で十分であることを実証した。プズリン氏は、彼らのけがは重篤だったが致命的ではなく、少なくとも即死することはなかったと見ている。

陰謀論との闘い

雪崩の後に何が起こったかは推測するしかないが、現時点では、一行は雪に埋もれたテントから脱出し、1.5キロメートルほど下ったところにある森の中に逃げ込んだと考えられている。3人は重傷を負っていたが、全員がテントの外で発見されているので、軽傷者が重傷者を引きずり出したとみられる。「勇気と友情が、彼らにそうさせたのです」とプズリン氏は言う。

9人の多くは低体温症で死亡したが、けがが死因となった人もいた可能性がある。一部の遺体は衣服を身につけていなかった(寒さの中で衣服を脱いでしまう矛盾脱衣という異常行動で説明できるかもしれない)。放射能汚染が確認された遺体もあった(キャンプ用ランタンに含まれるトリウムのせいかもしれない)。また、一部の遺体の眼球や舌がなくなっていたのは、単に死骸をあさる動物に食べられたせいかもしれないが、こちらも真相はわからない。

今回の研究は1959年にディアトロフ峠で起きたことのすべてを説明しようとするものではないし、この事件が完全に解決されることはないだろうとゴーム氏は言う。氏らは単に、死亡事故のきっかけとなった出来事について、合理的な説明を試みたにすぎない。

犠牲者の遺族には存命の人もいて、謎に包まれたこの悲劇に今も心を痛めている。ロシア国内には、登山者たちが無謀な冒険によって命を落としたと批判する声もある。だがプズリン氏は、雪崩が発生した状況は経験豊富な登山家も驚くほど特殊だったと強調し、この場所を安全と判断した一行を責めることはできないと言う。

ゴーム氏は、自分たちの説明は一般の人々には受け入れられないかもしれないと危惧している。「雪崩という説明は普通すぎるからです」。根深い懐疑論は、ディアトロフ峠事件の悲惨さとともに、今後も人々に語り継がれていくのかもしれない。

(文 ROBIN GEORGE ANDREWS、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年2月1日付]

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