日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/2/20

雪崩説は1959年の事件当時から提案されていたが、疑問視する人が多かった。一行がテントを張るために雪を掘った斜面は、雪崩を起こすには傾斜が緩すぎるように見えた。2月1日の夜には、雪崩の引き金になるような降雪はなかった。

遺体には鈍器で付けられたような外傷や軟組織の損傷が見られたが、そのほとんどは、雪崩の犠牲者に典型的なものとは異なっていた。なお、雪崩による死因は窒息死が多い。また、法医学的データによると、一行が斜面の雪を掘ってから雪崩が発生するまでに少なくとも9時間の差があったことになり、そのことも不思議に思われた。

今回の論文の著者の一人、スイス連邦工科大学チューリヒ校の地盤工学者アレクサンダー・プズリン氏は、この時間差に注目した。氏は2019年、地震から数分から数時間後に発生することがある雪崩の仕組みについて、学術誌「英国王立協会紀要A(Proceedings of the Royal Society A)」に論文を発表している。氏はロシア育ちだが、ディアトロフ峠事件について知ったのはほんの10年前のことだった。この不吉な事件とその原因に強い興味を持ったものの、1人で着手するのにはちゅうちょしていた。

スイス連邦工科大学ローザンヌ校の雪崩シミュレーション研究室を率いるジョアン・ゴーム氏は、2019年にロシア当局が事件の再調査を行っていた頃にプズリン氏と知り合った。雪崩の時間差が謎解きの鍵になると考えた両氏は、協力して分析モデルとコンピューター・シミュレーションを作成し、登山者の命を奪った空白の時間の再現に挑んだ。

この科学研究はプズリン氏のロシア人の妻からも応援された。「ディアトロフの謎を解いているんだと妻に言ったら、初めて私を心から尊敬するまなざしで見てくれました」と氏は振り返る。

最新研究による説明

雪崩が発生するには斜面の傾斜が緩すぎるという批判に対しては、早い段階で答えが出ていた。斜面は見た目ほどなだらかではないことが判明したのだ。なだらかに見えたのは起伏に富む地形が雪に覆われていたからで、実際には30度近い傾斜があった。最初に行われた現地調査の報告書には、下層の雪が固まっておらず、その上の雪が滑りやすくなっていたことも記されていた。

次は雪塊の問題だ。一行がテントを張るために雪を掘ったことで斜面は不安定になったが、雪崩が起こるには積雪が足りなかった。当時の気象記録では、その夜に雪は降らなかったことになっているが、ディアトロフの一行の日記には、非常に強い風が吹いていたと記されている。

これは低温の空気の塊が斜面を滑降する「カタバ風」だった可能性が高い。この風が山の高いところからテントに向かって大量の雪をもたらし、もともと不安定だった斜面にさらなる負荷をかけたのだ。そう考えれば、一行が雪を掘ってから雪崩が発生するまでに9時間の差があったことも説明がつく。

両氏のコンピューター・シミュレーションは、雪崩が小規模だったことを示している。テントを襲った雪塊は長さ約5メートルで、車1台分ほどの大きさだった。最初の調査で雪崩の証拠が見つからなかったのは、雪塊が小さすぎたからだ。小さな雪塊は、一行がテントを張るために掘った穴をちょうど埋める量で、その上に新たな雪が積もれば見分けはつかなくなる。それではなぜ、小規模な雪崩が遺体にあれほどの外傷を残したのだろうか?

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