服で決まる心構え なりたい姿を投影
そんな料理を振る舞う時の姿は、石津謙介流の「演出」でした。招いたお客さまを喜ばせるために、本気の装いでお迎えし、ことさらおちゃめな格好もしてみせるのでした。
ことほどさように、石津謙介は趣味の世界において「形から入る」、とりわけ「服から入る」タイプでした。料理はエプロンから。車の修理はツナギから。釣りはフィッシングベストから。そんな具合です。

料理の上達法もいろいろあるでしょう。石津謙介の場合、それは「形」「装い」でした、自分の納得するエプロンを身体に着けたほうがきっと料理の腕があがる、楽しくなる。そう信じていたのでしょう。
その考えは、決して的外れではありません。人は、自らが着ているものに大きな影響を受けることがままあるからです。内面に自信があるから外見に気を配る必要などない、という人もいるでしょうが、そうとも限りません。
「形から入る」「服装から入る」ことは、その心構えを形で示すことにほかなりません。その身なりには、自らの美学が表れ、なるべき自分の姿が投影されるのです。石津謙介が料理する時のエプロンは、相手を楽しませることにも、一流の料理人としての振る舞いにも一役買っているのです。無意識であっても、衣服は精神を左右するものなのです。

服飾評論家。1944年高松市生まれ。19歳の時に業界紙編集長と出会ったことをきっかけに服飾評論家の元で働き、ファッション記事を書き始める。23歳で独立。著書に「完本ブルー・ジーンズ」(新潮社)「ロレックスの秘密」(講談社)「男はなぜネクタイを結ぶのか」(新潮社)「フィリップ・マーロウのダンディズム」(集英社)などがある。

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