ほんのささいなことにも、その正論癖が顔を出しました。たとえば、銀座のバーで。きれいなお姉さんが「お水割りでよろしいの?」と言おうものなら、ご機嫌斜めに。「ウイスキーはどんな風にお飲みになりますか?」と問うと、とたんにご機嫌よくなるのです。その心は、「ウイスキーの飲み方を決めるのは客のほうだろう」と。気難しいおじさま、とお姉様方は思ったかもしれませんが。

「すしは3秒、てんぷら5秒」の心

装い、物腰、生きる態度などとともに、石津謙介は「食」についても人一倍の美学を持っていました。ありふれた言葉で言えば、一家言のある食通であり美食家でもあったのです。

似顔絵がかかれたコック帽(左)。エプロンにはユニークな手書き文字

石津謙介の言う「すしは3秒、てんぷら5秒」もそのあらわれでしょう。台の上にすしがきたなら、3秒以内に口に運ぶべし。目の前にてんぷらがきたなら、5秒以内にいただくべし。そういう意味です。その心は、新鮮なものは新しいうちに。おいしいものはおいしいうちに食べるのが礼儀である、ということでしょう。

石津謙介は並みの食通ではありませんでした。自らも立派な料理の作り手であったのです。自分がとやかく口を出すことは、自分でも行ってみる。そんなところもありました。

料理はお上手でした。晩年もよく鍋を振っていました。得意料理の1つはタンシチュー。東京・白金に「杉の木屋」というスーパーマーケットがありまして、食材の買い出しに、よくここを訪れたようです。

オリジナルエプロンを収集していたという(石津事務所提供)

「おれが行くとねえ、タンのいいところを出してくれるんだよ……」。いつもそんなことをうれしげに話していました。

石津謙介が自宅で料理に臨む時は、いつもエプロン姿でありました。この自分専用のエプロンのコレクションは、かなりのものであったようです。80~90年代の料理雑誌にはキッチンに立つ姿がよく掲載されていますが、実にさまざまなエプロンを身につけています。そして頭にはコック帽。これには自分の似顔絵が描いてありました。

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